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しかしローザリンデは動じない。
嫋やかな微笑を浮かべたままで、ハーゲンの言葉には一切反応せずに告げる。
「どうか、真実の宝珠の使用を許可くださいませ。偉大なる、王よ」
そういえば、先刻から皆が口を揃えてハーゲンを偉大なる王よ、と呼んでいる。
何か意味があるのだろうか。
普通なら、陛下と言いそうだが。
「……エリスさん。皆さんがしつこく『偉大なる王』と言っているのには、何か意味がありますか?」
「ああ、あるぞ。この世界でも有名な愚王が、自分をそう呼ばせていたのじゃよ。子供でも知っておる有名な話なのじゃが……偉大なる王は、全く気付いていないようじゃ。最悪の愚王と同じ扱いをされているのだと」
そこまで屑なんだ……ゲルトルーテと一緒にいて感化されちゃったのかな。
もともと素養があって、魅了スキルも手伝っていたなら十分あり得る話だ。
神殿の偉い人かな? と思われる人物が恭しく、バスケットボールくらいの水晶を持って歩み寄り、王の前に設置されたテーブルの上に置く。
「真実の宝珠、発動の許可を願い奉りまする」
「うむ。許可しよう」
「は」
儀式的な荘厳さはなく、権力を見せつける道具のように扱われるのに鼻息を荒くしてしまいそうだ。
宝珠に意思があったら、文句の一つも言いたいに違いない。
許可を得た神殿の人が何やら呪文を詠唱する。
ふおんと音がして、宝珠が柔らかな虹色の光を纏った。
「王よ。宝珠を発動いたしました。どうぞ存分に御利用くださいませ」
あ!
こいつは偉大なる王と言わない。
……ってことはハーゲンにはこのままでいてほしい派かな?
神殿がどれほどの力を持っているのかわからないが、厄介かもしれない。
ハーゲンが玉座から降りてテーブルへと近付く。
その少し後ろに拘束した上で立たされていたゲルトルーテが、思いもかけぬ早さでハーゲンに走りより、その体を頭突きで倒すとのし掛かった。
手首の拘束をもろともしない特攻は、見事の一言に尽きる。
呆気に取られているハーゲン。
護衛が動かない不思議。
口枷のせいか鼻息が荒いゲルトルーテ。
思わず扇子を取り出したローザリンデ。
ヴァレンティーンは隠しもしない大きな溜め息を一つ。
「……ゲルトルーテ・フライエンフェルスの挙動を抑制す。エリス・バザルケットが命じるまで、会話以外の挙動を禁ず」
呆れかえったエリスが低く囁けば、ゲルトルーテの体がハーゲンにのし掛かったままで、硬直する。
おぉ。
スキルかな。
格好良い。
見惚れているうちに、エリスが指示を出し、ゲルトルーテの体は宝珠の前に立たされる。
ハーゲンは憎悪しかない眼差しをゲルトルーテに向けながら、テーブルを挟みゲルトルーテに向き合った。
ここにきてまだハーゲンの心は自分にあると信じて疑わない、自信に満ち溢れた瞳をするゲルトルーテのお花畑脳には驚愕を覚える。
ここまでのお花畑は向こうの世界にはいなかった。
……たぶん。
「罪人ゲルトルーテ! 真実の宝珠に両手を捧げよ!」
捧げよ?
随分と物騒な表現だ。
触れたら最後、対価か代償かで両手を奪われるのだろうか。
ゲルトルーテも首を傾げている。
彼女と同じ思考だったら少し切ない。
ローザリンデとヴァレンティーンも呆れた表情なので、持って回った……厨二病的な表現を使っている気がする。
エリスが鼻で笑った。
「……愚者ほど難解な表現を好む。花畑の住人に通じる表現ではないのにのぅ。しかも我が施した抑制を忘れるとは、とことん愚か者じゃのぅ」
そう言ったエリスが私に聞こえるくらいの小さな声で、ゲルトルーテ・フライエンフェルスの挙動の自由を、人様に攻撃しない程度許可すると、囁いた。
ハーゲンはエリスが気を利かせてくれなければ更に恥を掻いただろう。
きょとんとしたまま動かないゲルトルーテに苛ついたのはハーゲンだけではない。
またしても周囲がざわめきだす。
「寵妃様はお難しい表現は好まれませんでしょうに……」
口元を扇子で隠したフラウエンロープ公爵夫人の声だけが、何故かよく通った。
「む! 目の前の玉に掌を乗せるのだ。そして、そのまま我の質問に返答せよ!」
この段階で口枷が外される。
途端、ゲルトルーテは何かを叫んだが、声にはならない。
ハーゲン! と名を呼んだようだった。
甘えが多分に含まれる阿る音調だ。
「ええぃ! 余計なことをするでないわ! 玉に手を乗せ! 我の質問に答えよ!」
ゲルトルーテは如何にも納得していません! という幼子のようなふくれっ面をして、掌を玉の上へ載せようとするが。
枷が重くて手が持ち上げられません! というパフォーマンスをする。
そんな主張なんて誰も信じないだろう。
やっている本人でさえも。
「ふん! 手枷を外させようという魂胆だろう、浅はかが過ぎるぞ! 打ち据えられたくなくば、とっとと乗せよ!」
偉大なる王の名前が泣きますよー、と某スナギツネの顔をして、続くお約束のやり取りを眺める。
既に殺気立っている者が出始めているのだ。
いい加減大人しく従ってほしい……と、誰もが思っているというのに、ゲルトルーテはぷん! と破裂せんばかりに頬を膨らませて横を向いて見せた。
そんな我儘、聞いてあげないんだからね!
という声になっていない言葉が聞こえるようだ。
ハーゲンより先にぶち切れたのは、ゲルトルーテを助け起こした騎士二人。
片方ずつ乱雑に腕を持ち上げて、掌をべったりと玉の上へ載せた。
載せてすぐに一歩下がる。
「!」
ゲルトルーテが暴れても掌は玉にへばりついたまま離れないようだ。
真実の宝珠もさっさと罪を確定させたいのかもしれない。
「はっ! 時間を取らせおって! これ以上無駄なことをするでないぞ。んんっ! こほん。貴様は己が魅了スキルの持ち主だと知っておったな?」
「知らないもん!」
……何歳なんだこの子?
見た目より幼いのかな。
でもあれだよね。
もん!
とか、幼児しか許されない語尾でしょうに。
あーあとは可愛いツンデレなら十代でもいけるかしら?
ゲルトルーテの語尾に突っ込みを入れていたら、宝珠が心洗われるような表現しがたい色に変化した。
嘘を吐いていないっていう意味でいいんだよね?
「まさか、あれだけ周囲の者を惑わせておいて自覚がなかったとは、申さないであろうなぁ?」
「惑わせてなんかいないもん! 皆が勝手にルーテのことを好きになっただけなんだからっ!」
これぞ典型的お花畑ヒロイン口調?
ヒロインを気取るなら、スペックが高くないと駄目だと思います。
乙女ゲームの中に転生しましたって、いう設定ならゲームの強制力で何とかなるケースもあるけどね。
しかも逆ハーレムを選んだなら、フラグ管理をしっかりしないと後が怖い。
大体ゲームは卒業して終わりとか、結婚して終わりなどが多かったりする。
今の状況だと、既にゲームは終了して後日談になっているようだ。
ゲームの強制力は働かず、魅了スキルが封印されているとなったら、逆ハーレムの維持は絶望的だろう。
現に、最後まで魅了していたハーゲンにすら憎悪されている。
宝珠は引き続き優しく輝いていた。
ここまでゲルトルーテは嘘を吐いていないのだ。
「では、貴様! 魅了スキルがどんなものか知っていたか?」
「知らないよ! 知るわけないじゃん!」
「では魅了スキルが禁忌のスキルで、無意識に発動していても処罰される場合があるというのは?」
「知るわけないでしょ! もぅ。ハー様ったら、どうしちゃったの?」
ハーゲンだからハー様かぁ。
ハー君よりは、この世界にあっているけれど……ねぇ?
進まないやり取りに思考が逃避を始める。
周囲は静かに二人のやり取りを見守っていた。
「ここまで無知であったなら、情状酌量の余地はあるかもしれんのぅ?」
「バザルケット殿っ!」
「わー。おばあちゃん、ルーテの味方をしてくれるの? ルーテ、嬉しい!」
きゅぴーんと、背景に文字が浮かびそうなポーズを取りながら、エリスを見つめるゲルトルーテは、封印しているにもかかわらず魅了を仕掛けているようだ。
高速瞬きは実際目にするとなかなか滑稽なくせに、どこかがシュールだ。
「余計な戯れ言は吐けぬはずなのじゃがなぁ……思い当たる節はあるかのぅ」
「お花畑の住人に、常識が通じぬのは何処の世界も一緒のようですわ」
「なるほど。我もここまで常識が通じぬ相手は久しぶりじゃよ」
「えぇ? 悪口? 悪口なのぉ? ひどーい。ハー様! ティーン様ぁ! こいつら、不敬罪で投獄してやってよぉ」
「二度と私をティーンなどと呼ばぬように!」
無視が一番とわかっていても、言わずにはいられなかったようだ。
言った次の瞬間、しまった! という表情を浮かべていた。
「なんでぇ? 最近会えてなかったから拗ねちゃったぁ?」
「拗ねるわけもございませんでしょう? そもそもティーンは貴女自身ではなく、貴女の魅了に囚われていただけですもの」
「あれぇ? ハー様の元婚約者じゃない! 追放されたはずなのに、どうしてここにいるの? ねぇ! 追い出して! ここから追い出してよぅ。この人本当に怖くて意地悪な人なんだよぅ?」
神経を逆撫でされる、声と内容に吐いた溜め息はエリスと同時だった。
「……リンデは冤罪と認められて王都に戻っております。ゲルトルーテ嬢、本当は一度もリンデに意地悪などされていませんよね?」
「ひどぉい! ひどぉい! ティーン様ってばどうしちゃったの? その女は、ルーテのこといっぱい虐めたよ? 階段から突き落とされたとき、ティーン様だって目撃したじゃない!」
ここで宝珠が初めて真紅に染まった。
宝珠が怒りに紅潮しているようにも見えた。
「リンデは冤罪だったのです。貴女は意地悪などされていなかったのですよ? ほら……宝珠が怒っているでしょう?」
「怒ってる? なんで?」
「貴女が嘘を吐いたからです」
「私は嘘なんて吐いてないよ? 何時だって本当のことしか言ってないもん。その女がハー様の婚約者だったから、罰が当たっただけでしょう? 真実の愛が勝って、私とハー様が結ばれて、ティーン様や他のたくさんの人たちと一緒に、私は幸せになれるの。なれたの! なのに、どうして? 今更!」
宝珠が赤く輝き続けている。
真実の愛も偽りだったと証明された。
幸せにはなれないと。
この先もずっと、と。
宝珠の囁きがゲルトルーテには聞こえていないのだろうか。
「……知らなくても許される方法は幾つもありました。選択肢は常に示されていたのです。私たちはぎりぎりのところで最悪を回避できました。最低限の贖いも済ませています。貴女は……そうですね。ゲルトルーテ・フライエンフェルス。まずは己の罪を自覚するところから始めねばなりません」
「罪? 私の罪? 可愛かったこと? 皆に愛されてしまったこと? 婚約者と別れさせてしまったこと?」
「いいえ。そのどれでもありません。貴女の罪はただ一つ。無知だったこと、ですよ」
最下級に近いとはいえ、貴族。
貴族なら、貴族としてのマナーを知らねばならなかった。
知らなくとも覚えなければならなかった。
覚えなくとも受け入れねばならなかった。
平等を謳われていたのだろう学園の中でも、暗黙の了解はある。
「貴女が幾度も話してくださった、偉大なる王との、美しき運命の出会いでは、真実の愛にいたれなかった。物事には順序というものがあるのですよ」
運命の出会いというならば、学園入学式の日。
転んでしまったゲルトルーテにハーゲンが手を差し伸べる……といったところだろうか。
だとするならば、ハーゲンが悪い。
婚約者がいながら、正式な挨拶もすませていない下級貴族に手を差し伸べてはならないのだ。
そばにいたのだろう護衛に命じて助けるのが最善。
でもまぁ、世界を乙女ゲームと認識している者の魂と混じり合ったのなら、本来の出会い方をせずとも、ゲルトルーテが運命の出会いを演出した可能性は高い。
乙女ゲームは、プレイヤーがキャラクターを操作するもの。
ヒロインというキャラクターになってしまったらそれはもう、乙女ゲームなどではなく。
乙女ゲームに似た世界での現実。
そうでなければ、自分をヒロインと思い込んでいるキャラクターの一人でしかない。
それに気がついた上でヒロインを演じていたのならば、もしかしたら真実の愛を得られたかもしれないが。
本来のゲルトルーテでも、異世界から転移した誰かでも、かなり難しかっただろう。
ましてや。
似た性格の二人が混じり合った状態では無理だったに違いない。
未だに何を言われているのかわからない状態のゲルトルーテを見て、しみじみそう思った。
ヴァレンティーンとゲルトルーテのやり取りに苛ついたのか嫉妬したのか。
ハーゲンが割り込んでくる。
「ティーンは黙れ! 今は我とルーテが話をしているのじゃ」
わー。
ティーンとか言ってる。
ルーテとか言ってる。
大丈夫なのかしら、この人。
ここは、断罪の場。
本来貴男を支えるべき人々が、貴男の言動に耳を澄ませているというのに。
もういっそ王から引きずり下ろし、ローザリンデを女王とした方が国のためなのではないでしょうか?
私がそうと口にしてしまえば、粛々と話が進んでしまいそうなところがまた、恐ろしい。