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「ふむ、報酬か。当然だな」
「タダ働きをしては示しが付きませんからね」
皆様如何お過ごしでございましょうか。アーキハクト伯爵家執事セレスティンでございます。
ガウェイン辺境伯様との交渉は佳境を迎え、最後の報酬についての話し合いとなりました。
ここで重要なのは、先にお嬢様が投げ掛けた問いによるもの。すなわち、旦那様のご息女ではなく『暁』の代表と話をしていると辺境伯様が断言したことです。
お嬢様は慈悲深く情に厚いお方、特に身内に対してはとても寛大で、成果に対しては少しばかり過大な報酬を用意するので組織の者からは気前が良いと評判です。
しかし身内以外となるとその感情を表に出ぬ面が強みを発揮します。
そしてガウェイン辺境伯様の宣言で、お嬢様は身内としての顔を隠してしまわれる。こうなれば生半可な報酬ではお嬢様も納得されないでしょう。さて、どの様になさるか。
「今回の依頼は多岐に渡る。全てを達成するのは極めて困難であろう。何より、『暁』は『血塗られた戦旗』との抗争を控えている」
先日の戦いでお嬢様は自ら先頭に立たれ勇戦。見事スタンピードを退けました。旦那様も黄泉でお慶びでございましょう。私は留守を命じられ戦に出ることは叶いませんでしたが。
しかしながら、この快挙を称賛するものは居らず、弱体化した今が好機と見る不埒者の多いこと。噂に違わぬ無法の地であることを改めて実感させられます。
「達成できた案件で報酬を設定するのですね?」
「その方が良かろう。先ずは、多額の褒賞金だ。星金貨百枚程度は私でも用意できる」
「大金ですね」
流石はお嬢様、動じておられませんな。確かに星金貨百枚は大金なれど、『暁』における交易や税収を合わせれば稼げる金額です。
「それと、調査で判明した此度の件の情報を全て提供する」
「有り難い限りです」
「そして、ガズウッド男爵の思惑を見事退けた場合は……期待して良い」
「男爵の生死は?」
「貴族を殺めるのは止めておくのだ、シャーリィ嬢。下手をすれば女公爵の派閥全てを敵に回す。殺るにしても上手く立ち回らねばならん。苦労に見合う見返りがあるとは思えぬ」
貴族社会はメンツが重要ですからな。派閥内部の不祥事が起きたり、或いは死人が出れば公爵家は全力で動かねばなりませぬ。
でなければ、派閥の長はメンツを失いますからな。
「分かりました。殺る場合は上手く立ち回ることにします」
お嬢様のご返答から察するに、何かしらのお考えがある様子。
「セレスティン殿、どうだろうか?貴殿の主人は納得してくれるかな?」
おや、この場面で私に語りかけますか。お嬢様を揺さぶると。慎重に返答せねばなりませんな。
「お嬢様の御意のままにございます」
私が一礼すると、ガウェイン辺境伯様は面白そうに笑みを浮かべられた。どうやら間違いは犯さずに済んだ様子でございます。
「今回の依頼を受けることで、私達は貴族の政争に巻き込まれる可能性が高くなります。ガズウッド男爵の狙いの一つは私達、いや黄昏の町でしょうから」
「察していたか」
「もちろん。帝都には大口のお客様がたくさん居ますからね」
お嬢様の仰有る通り農園で栽培される農作物や、お嬢様が考案なされた石鹸などは帝都を中心に莫大な利益を生み出してございます。
当然『暁』の名も少しずつ知られており、少し調べればシェルドハーフェン郊外に黄昏なる町を作り上げた組織であると直ぐに判明するでしょう。
もし黄昏の町を得られれば、その利益をまるごと手に入れることが出来るのでございます。
しかしながら問題もございます。ここシェルドハーフェン一帯はガウェイン辺境伯様の領地。統治出来ているとは言えませんが、他所の領地に手を出すのは問題です。下手をすれば紛争に発展することもあります。
ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。後ろに立っているセレスティンから悩ましい気配を感じます。まあ、確かにお話以上に厄介な案件になりそうではあります。
でも、メリットだってあるんですよ。立ち回り次第では、ガウェイン辺境伯の保護を受けられるようになるのですから。
それに、貴族社会と無縁に生きていくことは出来ません。私はアーキハクト伯爵家の長女なのですから。ああ、これを聞いておかないと。
「この件、お兄様は関与されているのですか?」
「いや、殿下は帝都から離れられん。この件は御存知ではない」
「帝都に居るのは危険なのでは?」
少なくとも第一、第二皇子殿下からすれば邪魔な存在では?
「私からも忠言したのだがな、殿下はこの情勢をしっかりと見定めたいと仰せだ。この帝位継承問題で間違いなく帝国は揺れる。殿下はそれを注視したいのだ」
帝位継承問題がシェルドハーフェンにどんな影響を与えるか分かりませんが、今回のガズウッド男爵家を見れば分かるように、貴族達の統制に問題が生じているのも事実。
中央の混乱により地方で不穏な動きがあるのは歴史が証明しています。なにより、宿敵アルカディアがどう動くか。国が滅んだら復讐どころではありませんからね。
「お兄様にはくれぐれもご用心をとお伝えください。万が一の時は、うちへ逃げ込んでくださっても構いませんから」
厄介事になりそうですが、お兄様を失うのは感情的にも利益としても避けたいものです。
「分かった、必ず伝えよう。では、宜しく頼むぞ」
ガウェイン辺境伯はそのまま一目を忍ぶように離れていきました。あっ、近くの茂みに護衛が居ましたね。良かった。
「宜しかったのですか?お嬢様。新しい情報を得られたとお話しておりませんが」
ヤンさんを保護してあの日の真相についての情報を少しだけ得られましたが、その事をお兄様やガウェイン辺境伯には伝えていません。
その情報を知るのは『暁』でも幹部の一部だけ。
「少しでも情報が漏れるのを避けるためです。十年でなにも分からないくらい相手は用意周到ですからね。調べていると知られたら、証拠隠滅を図ると思いますから。セレスティンも他言無用ですよ?」
「御意のままに、お嬢様」
貴族関連は避けて通れない道でしょう。何れはガウェイン辺境伯以外にも協力者を得る必要があります。
狙うならば、カナリア様。十年前と理念が変わらないならば、レンゲン公爵家は頼もしい味方になるでしょう。この仕事は報酬以上に実りあるものにしなければなりません。その為にも情報を集めて上手く立ち回らないと。
全く、退屈とは程遠い日々です。たまにはルイやレイミとゆっくり過ごしたいものですね。