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2. 慈しみ深き人
ヨークシンシティの横断歩道でクラピカと会う、一週間前のこと。
ジャッジメントチェーンを刺されたままのクロロは、仮住まいしているアパートの一室でペンを回していた。
ベッド、机、椅子、カーテンしか家具がない、生活感に乏しい部屋。そのワンルーム唯一の椅子に、クロロはだらりと座って天井を見上げ、ペンを回しながら思考する。
ーーそうだな、どうしてもそうなる。
クロロは一人で納得しながら、自分頭の中でピリオドを打つ。
こちらの最善は、
人を雇って、鎖野郎を脅して念を解除させる。
その後、もし可能なら、念を盗む。
除念の後ことは、別にどうだったいい。
絶対に殺されたくない、大切な人がいる、ということが露呈している時点で、鎖野郎は詰んでいるのだ。あの時、拉致られた車内で、あれだけの挑発をしてもなお、自分を殺さずにいるほど大切な存在がいるのは、決定的な弱点だ。
いつでも、いくらでも無力化ができる。
そのことを本人は否定するだろうし、リスクを減らすために、できるだけ一人でいようとするだろうが、無駄な努力にすぎない。
問題はこっち。
じゃあ、鎖野郎の最善は?
ジャッジメントチェーンがクロロに刺さっているうちに、殺す。もしくはクロロや蜘蛛を無力化するため、別の一手を講じる。
の、はずなのだが、クロロが飛行船から取り残されてから2ヶ月が過ぎても、鎖野郎からは、なんのアクションもなければ、気配すら感じない。
試しに、クロロは仮住まいの拠点を、クラピカがいるヨークシンシティ、ノストラードファミリーの事務所の近くにうつしてみた。クロロの居所を、クラピカは探っていないはずはないのだが、今のところは何の反応もない。
もちろん、クロロのこの接近は、クラピカを挑発しようとしてやっている。
「人を雇って鎖野郎を襲撃し、念を解除させる。
ジャッジメントチェーンが有効なうちにクロロを殺す、もしくは無力化させる次の手を打つ」
そう書いた紙が、つ、とテーブルから取られて、読み上げられた。
男は読み上げた紙を、机にひらりと放った。
「で、なんでクロロは人を雇ってクラピカを襲ってないの?」
ヒソカは、呆れたような口調と共に、クロロを見下ろした。
クロロの視界は、天井からヒソカの顔に取って代わられる。
アパートへ入るのを、許した覚えもないが、いつもいつの間にか勝手に入って来るピエロに、クロロは特に何も言わなかった。言った所で意味がないからだ。
「蜘蛛の行動原理に反するから」
「どの?」
「売られた喧嘩は買う。売られなきゃ買わない」
「そう?ジャッジメントチェーンがまだ刺さってる時点で、すごく売られてない?」
「やっぱりそうかな?でもお前こそ、俺のコレを外させる為に、鎖野郎を脅したりしないんだな」
「ゴンたちを盾に脅すってこと?そういうことはしない。クラピカが大事にしてるものは、僕にとっても大事なおもちゃだからね。それに、クラピカは、そっち関係は手強いしね。」
「へえ?」
はじめて、クロロは興味を持ったように、ちゃんと椅子に座り直し、ヒソカの方へ体を向けた。
ヒソカは、ベッドの背に軽く体重をかけながら片眉を上げた。そこ、食いついてくるんだ?と少し以外に思ったのだ。
「結果論だけど、交渉事にクラピカは強いよ。
今回だって、僕が念を外せって脅しに行ったところで、「今すぐ外してもいいが、そのかわりこちらのこういう条件をのめ、お前にとってもメリットがあるはずだ」とかなんとか言われて面倒くさいことになりそうで、嫌だね。
駆け引きとか、策を考えたりするの、あれはなかなかだ」
「……そんな感じは全くしなかったけどな」
挑発に乗りやすい。
煽り耐性が全くない。
すぐに感情的になる。
こちらの言う事に、惑わされる。
何を考えているのかが、手に取るようにわかる。
駆け引きが上手い、とはとても思えない。
「でも確かに、策は、悪くはなかったか」
それなりに警戒していたのにも関わらず、受付嬢はノーマークだった。「鎖野郎」という先入観のミスリードもあって、完全に想像の埒外だった。あんなネーミングをしたウボォーギンは、戦犯ものだ。文句を言いたい。
さらに、あんな素人のチンピラが、メッセンジャーだとは思わなかった。理由は、何と言っても距離だ。幻影旅団の集団だとわかっていて、何かをしようとする相手は、最低でも車2台分は離れた所から仕掛けてくる。
それがあの男は、目と鼻の先のソファーに、平然と座って、あの芝居をやってのけたのだ。称賛に値する。
極めつけは、停電。
本当に、何から何までしてやられた。
ただ、そこから先の鎖野郎は、お粗末だったが。
「除念師の方の進捗なんだけど、どうやら念が絡んだゲームの中にいるみたいなんだ。しばらく連絡とれなくなるから、変な動きしないでね」
「変な動き、とは?」
「ノストラードファミリーの事務所から2ブロックしか離れていない所に、わざわざ引っ越す、とか。頭湧いてんのかい?」
お前には、一番言われたくないなぁ、とクロロは思う。以前よりも数段テンションの低いヒソカは、始終かったるそうにしている。念を封じられたクロロがよほど萎えるらしい。だか、クロロにとってはその方が、だんぜん話しやすかった。
「念の使えない状態の仇敵なんて、普通は、向こうから喜んで接触してくる。こんなまたとないチャンスはない。それなのに、来ないから。
後々の、自分の仲間への報復を恐れているのか、別の策を作り上げている途中だからなのか」
独り言のように言ったクロロに、ヒソカは、ふふん、と笑った。その揶揄するような笑い方にクロロは片眉を上げた。
「何だ?」
「いや、あまりにも検討違いなことを言うから」
「へえ、どう検討違いなんだ?」
「あっちから来ないのはね、クラピカは、僕達とは違うからだよ、としかいいようがないけど」
「お前と一緒になった覚えはないなぁ」
軽い口調で、うっそりと笑いながらも、笑っていない目を投げかけるクロロに、ヒソカは腹の底から悦びが込み上げてくる。クロロはそうじゃなくっちゃあね、と不気味な笑みを浮かべて、アパートの玄関へ踵を返した。
「じゃあね、殺したくなってきたから、除念師探しに行ってくるよ」
ピエロの気配が、アパートから完全になくなってから、クロロはふっと、気の抜けた息を吐いた。
完全にプライベート、気持がオフになっている所に突然来られると、幻影旅団の団長の顔をするのに、とても疲れる。
ーークラピカは俺達とは違うから。
ふと、ヒソカの言葉が脳裏に響いた。
そりゃあ、違うだろうよ。
何もかも全部違うさ。
違うからこそ、ヒトは面白い。
だけれど「わかってないなぁ、お前は」と言外に思いっきり小馬鹿にされて、少し癪に触った。
とはいえ、そんなことは、どうでもいい。
鎖野郎に関しては、ここまで挑発して向こうから仕掛けてこないのなら、こちらも仕掛ける理由はない。
売らなきゃ、買わない。
蜘蛛の糸に引っかかってこなければ、狩らない。
よって、鎖野郎ーークラピカは、放置。
そう結論づけて、クロロは書いた紙を丸めてゴミ箱に捨てた。
ーーそう、結論づいていたので、その日から1週間後、ヨークシンシティの一角で、信号待ちをしているクラピカに道路を挟んで目が合ったのは、本当に偶然だった。
まあ、こっちから接近しておいて「偶然」を謳うのもなんだか、少なくともクロロは意図してクラピカと接触しようとはしていなかった。
目が合った瞬間、クラピカがあまりにも臨戦態勢をとるので、とっさに牽制した。
念を使ったわけでもない、ただの牽制に過ぎない動きに、完全にビビっていたクラピカに、クロロは呆れた。
おいおい、あんな御大層な策を弄し、人のことあんだけぐるぐる巻きにして、殴りまくっておいて、今さらその反応は、何?
以前会った時と雰囲気が違うので、話せるかな?と思い、たいして期待もせずに誘ったら、意外にもクロロのあとをついてきた。
挑発に乗りやすい。
煽り耐性が全くない。
すぐに感情的になる。
こちらの言う事に、惑わされる。
何を考えているのかが、手に取るようにわかる。
まるで赤い狂犬のようだと評したクロロだったが、今のクラピカは、その真逆、青い海の凪のようだ。
ーー人ってわからないもんだな、とクロロは思った。