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3. コーヒーブレイク(物理)
クロロは、最近見つけた、お気に入りのコーヒーショップに入り、テラス席に座った。
12時を超えたあたりとはいえ、まだギリギリお昼時のため、コーヒーショップを利用する客足は多くない。これからが混んでくる頃合いだ。
あとをついてきたクラピカは、丸テーブルの向かいに大人しく座った。
注文をとる店員がやって来て、クロロがコーヒーを頼むと「同じものを」とだけ言う。
律儀だな、とクロロ感心した。
コーヒーがサーブされるまで、クロロとクラピカは口を開かなかった。物騒な話題になるのだろうから、あまり店員を怖がらせたくはない。ということなのだろう。別に示し合わせたわけではないが、結果的にそうなった。
「それで、聞きたいこととは」
コーヒーが二つ揃ってから、初めてクラピカは口を開いた。その視線はコーヒーカップに注がれていてこちらを見ない。
「答えてくれる気があるとは、思わなかった。」
なんとなく、その態度を不審に思ったクロロは、質問をはぐらかしてみた。自分で誘っておきながら、不誠実だな、と思うが、クラピカの様子が僅かにおかしい。その不自然さをクロロは無視できなかった。
「それは質問による、ーー当たり前だが」
一瞬だけ探るように、クラピカを観察し、考えを巡らせたが、クロロにはその違和感を突き止めることができなかった。
「なぜ、俺を殺さない?」
クロロが質問をすると、クラピカはゆっくりとコーヒーカップから目を上げた。
黒い、大きな目が、じわりとクロロを捉えると、目尻に力が入って、さらに大きくなった。
感情が抜け落ち、目だけが異様に際立つその表情を見て、クロロはとっさに予備動作なしでできる、一番効果的な防御方法を思い浮かべた。
テーブルをクラピカの方向に蹴ってひっくり返す。と同時に退避姿勢をとって初手の攻撃を躱す。念能力者相手にどこまでできるかわからないが、ギリギリ逃げられる自信はあった。
ビキッ、とクロロの側のコーヒーカップがひび割れた。
殺されるかと思うほどのオーラは、コーヒーカップに亀裂を刻むだけで止んだ。
ガタッ、と音を立て、無言でクラピカは立ち上がる。そのまま憤然とした様子でコーヒーショップを出ていった。
幸いなことに、周りの客は、十秒間のクロロの命の危機に全く気づいていなかった。1人の客が突然席を外しただけ、に見えたようだ。
クロロの方も、金髪のダークスーツを纏った危機が去ったあとに、まるで何ごともなかったかのように、テーブルの端にあったブザーを押し、店員を呼んだ。
「すみません、乱暴に扱ったら割れちゃって」
そう言ってクロロが差し出した、コーヒーカップの亀裂からは、少しずつコーヒーが漏れ出して、ソーサーに溜まっていた。
「あら、こちらこそ申し訳ありません。これはきっと経年劣化ですね。すぐに別のものと取り替えます」
コーヒーカップを乱暴に扱って、こんなふうに側面に縦に亀裂が入ることはまずない。普通は端が欠けるか、取手がとれるか、だ。
だとしたら、客のせいではない。そう判断して謝罪した店員の手から、コーヒーカップが、つい、と抜き取られた。
クラピカだった。
いつのまにか、帰ってきたクラピカは、ぐいっと割れたコーヒーカップの中身を飲み干し、ついでにソーサーに溢れた分も煽った。
カン、と控えめな音を立てて、店員の手に乗せられていたトレーに、コーヒーカップとソーサーと、10000ジェニー紙幣をおく。
「私が割ったんです。コーヒーはちゃんといただいたので、新しいものとの交換は不要だ。お気遣いさせて申し訳なかった」
その有無を言わさぬ、クラピカの一連の強めの対応に、店員が一瞬で陥落していた。
ヒュウ♪
あまりにも鮮やかな漢っぷりに、クロロは心の中でこっそりと口笛を吹いて、くすりと笑った。
笑っているのを見咎められて、チッ、とクラピカに舌打ちされたが、店員がまだ近くにいたからか、それ以上のことはしてこなかった。
改めて、席に座り直したクラピカは、唐突に切り出してきた。
「他の質問はないのか」
ぶっきらぼうに言い放ったクラピカに、クロロはたまらずに片手で口を覆い、顔をふせた。
面白い、面白すぎる。
過去一イチ、面白い。
全てにおいてクロロの予想外のことしかしないクラピカが、クロロのツボに嵌ってしまった。
「何がおかしい」
吹き出しただけなので、笑っていることまでは、ワンチャンバレてないかなと思ったが、しっかりバレてしまっていたようだ。
絶対に殺した方がいいタイミングで、全然殺しにこなくて、じゃあ全部捨てて逃げたのかな、と思ったら、しれっと元いた場所から動いてなくて。
偶然会った自分についてこないかと思ったら、なんでかついてきて、愁傷に質問に答えようとする。真面目か、と思ったら、どこかが逆鱗に触れて、殺し合いになるかと思ったらならなくて、帰ったかと思ったら帰ってきて、なぜかマフィアンボスオーラ全開で店員を落してて。次の一言目が、別の質問にチェンジ、とか。
この流れ全部が、面白すぎると思うの、俺だけ?
クラピカの様子がおかしい、と最初に思ったが、クロロはこの段になってようやく思い至った。
ああ、そっか、と、もう笑みを隠しもせずに喋りだした。
「どうしても俺に話があるのは、お前の方なんだな。だから大人しくついてきたし、その話題にならなくて焦れている。自分から切り出す話題でもないが、一向にそれに触れないから、俺に激昂する。だが、やっぱり話がしたいから、戻って来る。店員には、さっさと退散して欲しい。気持のいい話じゃないから。そんな話しで心当たりがあるのは……」
久しぶりに、心から笑った気がする。
笑いながら一気に言ってから、クロロは一呼吸おき、表情を消した。
ここからは先は、少しでも笑顔見せようものなら、眼の前にいる心優しい金髪のマフィアに、今度こそ殺されてしまうだろうから。
「パクノダが、死んだ?」