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ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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傾いたコンクリートの梁から、旧時代の配線が血管のように無残に垂れ下がっている。
そこは崩壊したショッピングモールの地下、かつては従業員用の休憩室だったと思しき薄暗い空間だった。
外ではゾンビたちの乾いた爪がシャッターを引っ掻く金属音が時折響いていたが、何重もの鉄屑で補強されたこのセーフハウスの防壁を破るには至らない。
2人は、奇跡的に埃を免れていた折りたたみ式の作業台を挟んで、明日の配達ルートの確認と、アサルトライフルの給弾作業を終えたところだった。
「それにしてもさ」
エリオットはアサルトライフルのボルトを滑らかに引き、金属音を室内に響かせながらクスクスと喉を鳴らした。
長い金髪を指先で弄り、頭に載せた傷だらけの赤いバイザーのつばをくいっと上げる。
その青い瞳には、過酷な世紀末の日常を忘れさせるような、いつもの悪戯っぽく眩しい「ビジネススマイル」が完璧に張り付いていた。
「ピザガイって、ピザの生地を捏ねるときと、銃の信管を外すとき以外は、本当にびっくりするくらい不器用だよね。
さっきも配給缶のプルタブを引きちぎっちゃうし、僕のシャツの襟元を直そうとして逆にボタンを飛ばしかけるしさ。
……そんなに指先が岩みたいに硬いと、いつか大事な『トッピング』を台無しにしちゃうんじゃない?」
線の細い身体をわざと作業台に乗り出し、正面にそびえ立つ大柄な男をからかうように見上げる。
エリオットにとって、この不器用な巨躯を持つ料理人を言葉の刃で翻弄し、その無骨な仮面の下にある独占欲を煽ることは、地獄のような荒涼とした世界における最高の娯楽であり、密かな昂ぶりでもあった。
だが、その軽薄な挑発が、男の奥底に眠る獰猛な獣の尾を踏んだことに、エリオットはまだ気づいていなかった。
ピザガイは無言のまま、手にしていた散弾銃のクリーニングクロスを作業台に置いた。
銀髪の隙間から覗く黒い瞳には、ルナティックの心臓部を消し飛ばす時と同じ、あるいはそれ以上に冷徹で、ドロドロとした暗い熱がハイドーズで充填されている。
大柄な体躯から放たれる圧倒的な威圧感だけで、室内の空気が一瞬にして凍りつく。
ドンッ!
「……っ!?」
次の瞬間、エリオットの視界が激しく揺れた。
気がついた時には、彼の細い身体は作業台から引き剥がされ、背後の硬いコンクリート壁へと強引に押し付けられていた。
壁ドン、というにはあまりにも暴力的で、まるで巨大な肉体の檻に閉じ込められたかのような、絶望的なまでの圧迫感。
ピザガイの大きな、ザラついた両手がエリオットの両脇の壁に突かれ、完全に逃げ道を遮断している。
「ピザ、ガイ……?」
エリオットの青い瞳が、驚きと微かな戦慄に見開かれる。
いつもならどれだけからかわれてもフンと鼻を鳴らすだけの男が、今夜は初めて、その内側に秘めていた狂気的なまでの独占欲を剥き出しにしていた。
衣服越しに伝わってくるピザガイの胸板の質量は、常人なら息の根が止まるほどの威圧感を伴って、エリオットの華奢な肋骨を圧迫する。
ピザガイはゆっくりと顔を近づけ、その銀髪がエリオットの金の髪と複雑に絡み合う距離で、ピタリと動きを止めた。
互いの鼻先が触れ合うほどの至近距離。
男の荒い呼吸が、エリオットの首筋に熱風となって吹き付けられる。
そして、ピザガイはエリオットの無防備な耳元へと唇を寄せ、地獄の底から響くような、低く掠れた声音でじっとりと言い放った。
「……お前はいつも口が減らないな、エリオット」
大きな手のひらが、壁からエリオットの細い顎へと移動し、痛いほどの力で強引に上向かせる。
指先が食い込み、逃げることなど到底不可能な筋力の差を見せつけながら、男の唇がエリオットの耳たぶをかすめるようにして動いた。
「俺の手が不器用だと? ……なら、昨夜のセーフハウスでの『仕込み』はどうだった?」
「な……っ!?」
エリオットの思考が一瞬でフリーズした。
「お前が声を枯らして、もう加減してくれと泣くまで、その細い腰を壊さないように、徹底的に『捏ね上げて』やったはずだがな。……あの夜の俺の指先が、お前にとってそんなに不器用だったか? ああ?」
じわじわと鼓膜を灼くような低い囁き。それは、2人だけの夜の暗闇の中で交わされた、あまりにも濃厚で、退廃的で、暴力的ですらあった秘密を、白日の下に引き摺り出すような、この上ない羞恥の追及だった。
ピザガイの大きな手は、顎を掴んだまま、わざと親指の腹でエリオットの薄い唇をゆっくりと擦り上げ、昨夜のキスの熱を思い出させるように強欲に動く。
「つ、……っ」
その瞬間、エリオットの全身の血が、一気に頭頂部へと沸騰したかのように駆け上がった。
いつもならどんな窮地でも、下卑た生存者たちを煙に巻くための甘い言葉をいくらでも吐き出せるその天才的な舌が、完全に縫い止められたように動かなくなる。
白皙の頬は、瞬く間に熟れたトマトのように真っ赤に染まり上がり、耳の後ろから首筋、そして引き裂かれたシャツの隙間から覗く鎖骨のラインまでが、恥辱と別の熱によってドロドロと赤く上気していく。
青い瞳は潤み、反論の一言すら紡げないまま、ただピザガイの黒い瞳を見つめてガチガチと奥歯を震わせるのが精一杯だった。
完全に形勢は逆転していた。
いつも男を翻弄していたはずの「ビジネススマイル」の仮面は木っ端微塵に砕け散り、そこには一人の、恋人の強烈な独占欲に完全に調教され、蕩けきった剥き出しの青年が残されていた。
エリオットが真っ赤になったまま完全に黙り込んだのを見て、ピザガイの唇の端が、珍しく獰猛な、そして最高に不敵な曲線を描いて吊り上がった。
「なんだ、もう品切れ(オーダーストップ)か。お前の方から仕掛けておいて、随分と可愛い反応をするじゃないか」
ピザガイは低く呻くように笑うと、掴んでいた顎の手を緩めることなく、さらに自分の体重をかけるようにして、エリオットの身体をコンクリート壁へと深く押し潰した。
2人の着ている「Builder Brother’s Pizza」の赤い制服が激しく擦れ合い、薄暗い休憩室のなかに衣の音が艶っぽく響く。
「……いいか、エリオット。俺のこの『人を壊す手』が、お前に対してだけどれほど繊細な加減をしているか、その身体の芯に、今夜もたっぷりと叩き込んでやる」
「ピ、ピザガイ……っ、ん、う……!」
エリオットがかすかな抵抗の声を漏らすより早く、その赤く染まった唇は、ピザガイの熱く乾いた唇によって、乱暴に、そして息の根を止めるほどの質量で完全に塞がれた。
深く、深く、口腔の奥深くまで自らの領土を主張するように舌を滑り込ませる、男の独占欲に満ちた深い口づけ。
エリオットはぶかぶかの袖に隠れた細い指先を伸ばし、自分を押し潰そうとしているピザガイの分厚い首筋に、爪を立てるようにしてしがみつくことしかできなかった。
外の世界がどれほど崩壊していようとも、この狭い暗闇の中、お互いの赤いシャツを乱暴に引き裂き合い、胸の奥で爆発しそうなほど高鳴る心音を重ね合わせる2人にとっては、この夜の『仕込み』の時間だけが、世界のすべてであり、永遠に冷めることのない唯一の真実だった。