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電話というのは、興が冷めるから不思議だ。苦情の電話を受けてからは3人とも反省で黙りこくってしまった上、何を話すべきか迷って手持無沙汰になる。結局ゴンの「もう寝よっか」という言葉に導かれて、3人はいそいそと自分のベッドに戻っていった。窓際のベッドはゴン、その隣に自分、入口に最も近いベッドがクラピカだ。 布団に潜り込んで、目を閉じる。子供のころからの訓練でどこでも眠れるし、仮に2、3日眠れなくても支障はない。ただ、今日はしばらく起きていようと決めていた。空寝を決め込んだのは、自分が起きていると隣で眠る彼が眠りにくいだろうと思ってのことだ。
しばらくそうしていると、背の向こうから小さな寝息が聞こえてきた。起きているときの呼吸音と、眠っているときの呼吸音は違う。これも暗殺者としての訓練で学んだこと。家業を継ぐ気はさらさらないが、幼いころからの訓練が今こうして多少の役に立っていることは喜ぶべきなのか。
そっと布団を取り払って起き上がり、隣の彼を眺める。口元まで覆われた布団からは、閉じられた目と質の良さそうな金糸の髪だけが覗いている。胸の辺りがゆっくりと上下していることから、問題なく眠れているようだ。こうして大人しくしていればどこぞの物語から出てきた物静かな王子然とした佇まいなのに、実際はトラブルメーカーなのだから難としか言いようがない。色々な意味で親の顔が見てみたいと思う。
「―――クラピカ、ちゃんと寝てる?」
不意に背の向こうから声をかけられる。振り返ると、ゴンがベッドから起き上がって、自分とクラピカを見つめていた。
「ああ、ダイジョブっぽい」
「良かった」
キルアが頷くと、ゴンは僅かに口元を緩めた。だが、笑みはすぐに曇る。
「……クラピカ、あとどのくらい生きられるんだろうね……」
「……さぁな」
言い放って、クラピカに視線を戻す。彼の胸元は先ほどと変わらず、同じリズムで上下している。それが、彼が生きていることを知らせている。だが、自分たちはそれが長くないことも知っている。
キルアがクラピカの寿命の件を知ったのは、ちょうど住居を今の場所に定めたころだった。フリースクールの帰り、アルカと珈琲を買っていたところ、携帯が鳴った。液晶に映し出された懐かしい名前に、何の用事だと受話器を上げると、クラピカが倒れて病院に運び込まれたことと、体全体の働きが弱っていて明らかに不自然なことを告げられた。それを聞いたとき、咄嗟に「念だ」とは思ったが、まさか後程本人から寿命を賭けていたことを告白されるとは。いや、そもそも念に命を賭けているような人間だ。やりかねないことは想像できたはずだったと、自分の迂闊さと彼の軽挙妄動に呆れた。
「俺さ、まだちょっと怒ってるんだ。クラピカが、念に自分の寿命賭けたこと」
背後から聞こえるゴンの声は静かだが、一方で業腹だと言わんばかりの色が込められている。
「だからかな?クラピカが最期に、後悔すれば良いのにって思ってる。寿命なんか賭けるんじゃなかったって、もっと長生きしたかったって、そう思えば良いのにって」
レオリオからの連絡で集まったとき、病院のベッドに横たわるクラピカをゴンは唇を噛みながら見つめていた。クラピカの、復讐と目の奪還に賭ける覚悟を知っていた。だから止めろと言えなかった。言えたら変わっていた?仲間なら相談くらいあっても良いだろう。こちとら一度、命懸けの協力をしている。今更巻き込みたくないもないだろう。どうしてクラピカが大事だって思ってる俺たちの気持ちが伝わらないの?色々と言いたいことはあるが、とりあえず殴らせろ。そんな表情だと思った。
まぁ、目を覚ましたクラピカの頬を最初に張ったのはレオリオだったが。
「そのためにはさ、クラピカに『生きてて良かった』ってたくさん思ってもらわなきゃならないから。だから俺は、クラピカに楽しい思い出をいっぱい作ってもらって、いっぱいやりたいことも見つけてもらって、いくら時間があっても足りないって思ってもらうんだ」
肩越しにゴンを覗くと、彼は自分の膝元にかかった布団を握りしめていた。指の間から漏れる皺が、徐々に深くなる。
「それで最期を迎えるときに……寿命を賭けたこと、後悔すれば良い」
紅涙を絞るような声は、寿命のことを知ったときの気持ちと同じなのだろう。言えなかったことを、時間の経過で整理して言えるようになった。そんな感じがした。
あの時、レオリオとチードルの説教が続く中、ゴンは何も言わなかった。ただじっと鬱悶の情に耐えるような表情で、クラピカを正視していた。おそらく、言いたいことは山ほどあっただろう。だが怒りと悲しみと落胆とあまりに多くの感情が雑居して限界値を超えると、さすがのゴンも言葉が出てこなくなるらしい。2人の説教が終わるころ、ゴンはクラピカの右手を両手で包んで、祈るように自らの額に寄せた。苦悶に歪む口元以外、ゴンの表情は見えない。それを見たクラピカが、初めて小さく謝罪を口にした。
時々、ゴンとクラピカは非常に似ていると思う。いざとなると手段を選ばないところがそっくりだ。そういえばゴンは、ヨークシンでクラピカが倒れたときも「このまま目覚めなければ良い」と言っていた。寿命を賭けていたことだって、自分の未来を賭けたお前に言われたくないだろう。「案外、意地悪いな、お前」と思ったことを口にすると「キルアだってホントは怒ってる癖に」と返された。
キルアは静かに首を振った。
「俺は別に怒ってねえよ。本人が、本人の責任で選んだことだろ?それを覚悟してやってんだから、俺たちが何言ったって無駄だったと思うし」
そもそも自分の言動で他人の考えを変えようなど傲慢だ。特にクラピカのように、覚悟の決まった人間には他人の言葉など届かない。だから、本人がそう決めるなら仕方ないと自分は考えている。
「……ま、もうちょっと周り見ろよって言いたくはあるけど」
それは「諦観した」というだけで、隅の方で願い下げだと感じる自分は確実に存在している。ただゴンやレオリオより、少し聞き分けが良いだけ。
当初は「ナニカ」に命令しようと思った。自分が命令すれば、ナニカはクラピカの寿命を延ばしてくれるだろう。
しかし、ゴンに謝罪したクラピカを見たとき、やめようと思った。クラピカはすべてを理解し、覚悟して寿命を賭けている。それをなかったことにするのは、彼の覚悟をなかったことにするのと同じだと思った。もちろん納得はしていないし、そう遠くない未来に彼の死を見届けるのも気疎い。それでも彼の決意を汚すのは、誇り高い彼が最も嫌うところだろう。
手段はある。それでも行使しないと決めた。しかし手段があるからこそ、割り切れない。
キルアが小さく嘆息すると、ゴンが肩を竦めた。
「やっぱ怒ってるじゃん」
「怒ってんじゃねぇよ、呆れてんの」
吐き捨てるように言って、クラピカを見る。
「ちょっと周り見ればさ、寿命なんか賭けなくてもやりようあったと思うんだよな。クラピカには俺たちだって、ノストラード組の部下だっていたんだし。なのにクラピカは周りを見ないで、1人で戦うって選択肢を選んだ。それで寿命賭けるってのは、正直短絡的過ぎ。頭良い割に、旅団のことになると急に馬鹿になる。だから呆れてる」
本来のクラピカは、自分や周囲の力を冷静に分析し、的確に配置して動かす力がある。そうでなければ、凋落しかけた組を再興しマフィアの若頭に収まるなど不可能だろう。なぜその力を、旅団との戦いや緋の眼の奪還に使わないのか。こちらは助けてくれと言われれば、いつでも協力するつもりでいる。自分には手段がある。だから助けを求められるのを待っているのに。
―――何だろう。呆れているつもりだったが、思い返すと少し腹が立ってきた。せっかく用意した誕生日ケーキを、食べないまま放置されたような気分だ。
一度行使しないと決めたから、自分は彼の覚悟に殉ずるつもりだ。だが、自分が待っていることを表明するくらい良いだろう。誕生日ケーキを少しだけ無理やり口に突っ込んで、ケーキがあることを気付かせるくらい。気付いていつか「食べておけば」と後悔させるくらい。
キルアは片膝を立てて、その上に頬杖を突いた。
「だからまぁ、最期くらい、ちょっと痛い目見ればわかるんじゃね?」
悪戯をした子供のようににやりと笑うと、ゴンが「キルアも意地悪だよね」と眉尻を下げた。