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楽譜を抱えたまま、Aは自室へ戻った。
床に置かれたカバンをまたぎ、なんとなく手近な椅子にそれを置く。
Bはベッドに寝転び、漫画を読みながら喉の奥で小さく笑っていた。
くっくっ、と、何かを抑えるような声で、何に笑っているのか──僕には分からなかった。ただ、ページをめくる指と、その横顔をぼんやりと見つめる。
(……どうして、BはLにならなかったんだろう)
彼には頭がある。観察眼も鋭いし、嘘もつける。状況を俯瞰し、情報を操る術も知っている。
本人にその気さえあれば、Lになることは難しくなかったはずだ。
──それに比べて、僕は?
「…………………」
漫画に目を落としたままのB。その目の奥に浮かぶ何かが、どうしても読めなかった。表情は無邪気でも、底が見えない。あんなに分かりやすいようでいて、霧の奥にいるみたいだ。
「ねぇ、B」
自然に声が漏れた。
「……なんで、君はLにならなかったの?」
ページをめくる音が止まる。
「……」
Bは、すぐには返事をしなかった。
微妙な間が、部屋に落ちる。
Aは、返ってくる言葉を待ちながら、ちらりとテレビのリモコンを取った。何かを聞きたかったわけでもなく、ただ間を埋めたくて。
──ニュースが、映った。
画面にはイギリスの国旗と、どこかの政府庁舎らしき建物の映像が映っている。
かなり深刻そうなキャスターの声が流れた。
【速報です。本日未明、エシュリオン=ケムリス王子(28)が急逝したとの報道が入りました】
その一言で、Aの思考はぶつりと断ち切られた。
「えっ……」
けたたましいわけでもない、いつも通りのニュース音声。それなのに、室内の空気が一気に冷えた。
「……」
Bはいつの間にか、漫画を閉じ、テレビの画面をじっと見つめた。
【また、ケムリス王子の秘書官、ローワン=デル氏(28)も、同時刻に“自室にて死亡”が確認されています。当局の発表によりますと、デル氏の死因については現在も詳細な検死が進められていますが、暫定的な医学所見として──血球貪食症候群に類似した、急性の免疫異常反応が確認されているということです】
「……な、に?」
思わず、声が漏れた。
(……王子が、死んだ?)
ほんの数日前まで、二人で記者会見の壇上に立っていたはずの人物だ。そんな人間が、自室で──何の前触れもなく死んだ?
画面には、公式行事で微笑むケムリス王子の写真。
白い軍服、整えられた金髪、隙のない立ち姿。
Aは無意識に身を乗り出していた。
ニュースキャスターの声は落ち着いていたが、どこか硬質な緊張を孕んでいた。
【……なお、王室広報官によると、事件当日、ケムリス王室宛てに一通のファンレターが届いていたとのことです。秘書官のローワン=デル氏が直接確認したとされています】
Aはテレビの音量を少し上げた。画面には、王宮前の警備強化の様子が映し出されていた。門の前で整列する兵士たち、騎馬警官、報道陣の列。その奥、カメラのズームが金色の王紋が掲げられた正門を捉える。
【関係筋によりますと、問題のファンレターからは、ごく微量の違法薬物成分が検出されており、現在、鑑定および詳細分析が進められているということです】
「……麻薬……?」
【政府は、デル氏の死因について「持病による急性の免疫異常反応」であるとする一方で、ファンレターに付着していた微量の薬物成分(違法薬物とみられる)については、本件の死因とは直接的な因果関係は認められないとしており、薬物と免疫異常死との関連性を公式に否定しています】
「……殺人か?」
ぽつりと、Bが呟いた。
「……まさか」
思わずそんな言葉が出た。
しかし──誰もが知る公人が、そろって“自室で”死ぬなんて。そんなことが本当にあるだろうか?
麻薬。
免疫反応。
偶然。
殺人──
それとも──────