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「お先に失礼します」
「お疲れ様、気をつけて」
駅前の4階建てビルの2階から階段を降りると、もわっとした空気に一瞬息を止めそうになった。
9月半ばの午後5時半はまだこんなに暑いんだ。
社会人1年目、同じ時間に出退勤を繰り返すこと約半年。
こんなに季節を感じるのは高校生以来かなと思う。
大学4年間は登下校時間が定まらないのできっちりとした比較にならない……って……こういうところが
‘真面目なヨシコちゃん’
なんだよね。
ビル横の自転車置き場から黄色い自転車を出すと、真っ直ぐ家を目指す。
途中で
「リョウコ、お疲れ」
「おかえり、リョウ」
その声にブレーキをかけ
「ただいま、佳ちゃん颯ちゃん」
一旦止まるところもルーティンだ。
この兄弟は私の帰宅時間に仕事をしているところを見たことがないけど、大丈夫なのかな?
「佳ちゃんと颯ちゃんは、あと1時間頑張ってね」
このセリフも4月から何度目だろうか?
私の出勤日イコールと言えるね。
私、佐藤良子は大学卒業後、弁護士事務所の事務員として働いている。
9時から5時半の残業なし。
誤差5分以内の出退勤と決まったお給料で快適な社会人生活を半年続けている。
私が社会人になると同時に、母は単身赴任中の父のところへ行った。
2歳年上の兄は都内の大学に通っている時から家を出ており、2年前の就職も都内で決めたので、現在私は一人暮らし中。
家賃はいらず、水道光熱費は親の口座から引き落とされ自適自炊生活を満喫している。
好きな本を好きなだけ読み、簡単レシピを検索し料理をしては、15分以内でこのレベルなら上出来と自己満足に浸り、また本を読む。
好きな時間にお風呂に入り、10分で済ませようが1時間入っていようが誰にも文句を言われない。
私、今…人生で一番幸せだ。
そう思いながらお風呂から上がり、水を飲んでいると
pururu…
「…はい」
‘リョウコ’
「佳ちゃん」
‘戸締まりしたか?’
「うん」
‘このまま確認して’
「……」
‘ほら、動く。玄関’
私は玄関まで行くと
「閉まってる」
‘勝手口’
耳に当てたスマホからの声に押され、今度は台所へ行く。
「…閉まってる…ねぇ、佳ちゃん」
‘まだ確認終わってないだろ?話はそれからな’
我が家の間取りを把握済みの彼に言われるまま、私は家中の鍵を確認する。
‘オーケーだな。話は?’
「うん…この電話さ、毎晩いらないって言ったよね?」
‘だから毎晩はやめただろ?’
「でもさ、一日おきに佳ちゃんから電話があって、間の一日おきに颯ちゃんから電話があって…毎晩だよ」
‘颯佑のことは知らない’
「うそ…」
絶対に知ってるはず。
「昨日颯ちゃんが言ってたもん」
‘何て?’
「佳佑と順番なら毎晩にならないだろ?って」
‘なんだ…颯佑言ってんのか…’
ほらね…知ってるんでしょ?
「とにかく大丈夫だから。ありがとう、佳ちゃん。おやすみなさい」
‘おやすみ、リョウコ’
うろうろしているうちに髪がほとんど乾いている。
顎下ラインまでの髪にブラシをかけていると
pururu…
「は…」
‘リョウ、お前佳佑にカマかけただろ?俺の言ってないことを言ったって’
私が‘はい’と言い終わる前に、颯ちゃんの大きな声が聞こえてきた。
もうバレてる…そりゃ私が嘘言ったんだからいけないよね。
悪いことしちゃったな。
「ごめんね、颯ちゃん。怒ってるよね?ごめんなさい」
‘いや…まあいいんだ、気にすんな。そんなに真剣な声出さなくていい’
「うん、ごめんね」
‘いいって’
「うん。佳ちゃんと颯ちゃんは本当に仲良いよね」
‘歳が近いから佳佑は兄貴っていうより友達感覚’
「仕事も一緒にしているから一日中一緒にいるんだよね?それってすごいと思うよ」
うちの真向かいのお宅、間宮家。
長男、佳佑は私より1つ上の24歳。
次男、颯佑は22歳だが、4月生まれの佳ちゃんと3月生まれの颯ちゃんは1歳11ヶ月差生まれの1学年違い。
よって、私と颯ちゃんは同級生だ。
今は9月……4月に佳ちゃんが24歳、5月に私が23歳になり颯ちゃんはまだ22歳だ。
誕生日と言えば必ず思い出すのが小学2年生の時のこと……