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junp
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診察室のドアが、静かに、そして重々しく閉まった。
まるで、僕たちの世界と外の世界を隔てるかのように。
僕の右隣には、敦がいる。
彼の温かい体温が、すぐそこにある。
彼が隣にいてくれる。
それだけで、昨日まで胸を締め付けていた見えない鎖が、少しだけ緩んだ気がした。
呼吸が、ずっと楽だった。
深く息を吸い込むと、病院特有の消毒液の匂いと
微かに敦の優しい香りが混じり合って、少しだけ心が落ち着く。
だけど、それでも手のひらはじっとり汗ばんでいて
診察券を握りしめる指先が、小刻みに震えているのが自分でもはっきりと分かった。
心臓が、まるでマラソンを終えたばかりのように激しく脈打っている。
敦は何も言わず、ただ、そっと
僕の震える手の甲に自分の手を重ねてくれた。
その手のひらは、少しひんやりとしていて、けれど確かな温かさがあった。
まるで、「大丈夫だよ」と優しく語りかけてくるみたいだった。
彼の指が、僕の指の震えを包み込むように絡め取ってくれる。
──ああ、来てよかった。
やっぱり、1人じゃなくてよかった。
この温もりがあるだけで、どれほど心強いか。
「そちらが、パートナーの方ですか?」
先生は、昨日と同じ穏やかな声でそう言って、僕たちを交互に、柔らかな眼差しで見た。
その声色には、一切の偏見も、好奇心も感じられず、ただ純粋な気遣いが滲んでいた。
敦は軽く会釈し、僕の隣で背筋を伸ばしたまま
「はい、太齋と言います…こう見えて彼の恋人です。今日はよろしくお願いします」
と、静かに頭を下げた。
彼の声は落ち着いていて、まるでこの診察室の空気を鎮めるかのように響く。
その所作がいつものように丁寧で、礼儀正しくて、僕は少しだけ背筋を伸ばす。
敦の隣にいると、なぜか自分もきちんとしなければ、という気持ちになるのだ。
「太齋さん…あ、貴方もしかして最近名を挙げているショコラティエの太齋 敦さんですか?」
先生の言葉に、敦の表情にわずかな驚きが浮かんだ。
僕も思わず、敦の顔を見上げた。
「え、はい。俺のこと知ってるんですか?」
「ええ、なんせ、うちの嫁もよくあの店のチョコレートを買ってくるので、いつも娘と一緒に食べているんですよ。バレンタインの時期は特に大変でしょう?」
先生はにこやかにそう言って、場を和ませてくれた。
敦も少しだけ口元を緩め
「それはそれは…ありがとうございます。嬉しいです」と答える。
ほんの一瞬だけ、診察室の重苦しい空気がふっと軽くなった。
「っと、いけませんね。話が脱線してしまいましたが…」
先生がそう言って、再び僕に優しく目を向けてくれる。
その視線は、僕の不安をそっと包み込んでくれるようだった。
「診断書にも書きましたが、宏樹さんの状態は現在、心的外傷後ストレス障害──PTSDの診断基準に合致しています。つらい体験が引き金となって、今もなお強い不安や恐怖、睡眠障害、回避行動が出ているのが特徴です」
PTSD
その言葉が、僕の頭の中でゆっくりと反芻される。
漠然とした不安の正体が、目の前で形を与えられたような感覚だった。
先生は、カルテにペンを走らせながら、話を続けた。
ペンの走る音が、やけに大きく聞こえる。
「宏樹さんの場合、睡眠がうまく取れなかったり、急に動悸が激しくなったりと、身体の症状が強いように感じますね。夜中に何度も目が覚めたり、寝汗をかくこともありますか?」
「はい…」
僕はか細い声で答えた。
「毎晩のように、うなされて目が覚めます。寝た気がしなくて…」
「食欲や性欲の低下も見受けられますし、日常生活にも影響が出ていることと思います」
先生は僕の顔をじっと見つめ、ゆっくりと続けた。
「また、話せる範囲でいいですので、聞かせてください。症状が出始めた時期、きっかけなど、その時々の宏樹さんの気持ちを」
その言葉に、僕はうつむく。
喉の奥がひりつくような感覚に襲われ、言葉が詰まる。
あの悪夢やフラッシュバックの記憶が、頭の中で鮮明に蘇ろうとしていた。
「……えっと、悪夢見出したり、魘されるようになったのは、1週間とか2週間前で…」
声が震える。
まるで、自分のものではないかのように。
敦が、僕の手を握る力を、そっと強めてくれた。
その温かさが、僕を支える唯一の光だった。
「悪夢とは…先日話していた元カレのことですね?」
先生の優しい問いかけに、思わず、声が上ずった。
口にするだけでも、胸の奥がざわざわと波立つのを感じたからだ。
まるで、深い海の底から、何か得体の知れないものが這い上がってくるような感覚。
だけど、先生の柔らかな問いかけが、不思議と僕を落ち着かせてくれた。
「どんな夢を見ますか?」
「……昔付き合っていたころの、殴られたり、怒鳴られる夢が多いです。目が覚めても、その声が耳に残っていて…」
先生がうなずきながら聞いてくれる。
その表情は、僕の言葉を一つも聞き漏らすまいとしているようだった。
「なるほど。他には何かありますか?」