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医務室の前の廊下は、時間帯によって人通りが変わる。
ロボロがベッド脇の簡易端末で資料整理をしていた、
その時だった。
「……あれ?」
軽い声が、カーテンの外から聞こえた。
「まだここ使っとったんか」
カーテンが少しだけ開き、
顔を覗かせたのは――ゾムだった。
私服に近い装備。
武装は最小限。
だが、目だけがやけに鋭い。
「医務室って、もっとピリピリしとるイメージやったんやけどな」
勝手に入ってくるわけでもなく、
境界線の位置だけを確認するように立っている。
「……お邪魔でしたか」
ロボロが言うと、ゾムは手を振った。
「いやいや。
俺、通りすがりやし」
そう言いながら、
ロボロの端末画面に一瞬だけ視線を落とす。
――一瞬だけ。
「その資料、エミさんのやつのか」
「エーミールさんの補助で」
「へぇ」
興味なさそうな返事。
だが、目は離れていない。
「怪我人が、ここまで整った整理するんや」
独り言のように言って、
ゾムは廊下の壁にもたれる。
「手、震えてへんのな」
ロボロは、端末を持つ自分の指を見る。
「……あまり」
「ふーん」
否定もしない。
だが、納得もしていない。
「普通はな」
ゾムは、軽い調子で続ける。
「撃たれて、逃げてきて、
知らん国の医務室に放り込まれたら」
少しだけ、声が低くなる。
「思考が一回、止まる」
ロボロは、何も言わなかった。
止まらなかった。
それが“おかしい”のだと、言われなくても分かる。
「……まぁ」
ゾムは、空気を変えるように笑った。
「俺、そういう“止まらん人間”、嫌いやないで」
軽口。
だが、試すような視線。
「ただな」
一歩、下がる。
「人間って、
止まらん理由がある時ほど、危ない」
それ以上は言わない。
「今は怪我人やしな。
深入りせえへん」
踵を返しかけて、ふと思い出したように振り返る。
「名前、ロボロやったっけ」
「……はい」
「覚えとくわ」
それだけ言って、廊下の奥へ消えていく。
残された空気が、少しだけ冷たくなった。
しばらくして、エーミールが医務室に戻ってきた。
「何かありましたか」
「……いえ」
ロボロは、正直に答える。
「ゾムさんが、少し」
エーミールは、ほんの一瞬だけ視線を伏せた。
「そうですか」
それ以上、説明しない。
「彼は、直感で動く人です。
悪意より先に、違和感を拾う」
ロボロは、胸の奥が静かに軋むのを感じた。
研究所でも、
最初に異変に気づくのは、
いつも“勘のいい人間”だった。
「ですが」
エーミールは、穏やかに続ける。
「彼が何も言わなかったなら、
今は、それで十分です」
ロボロは、ゆっくりと頷いた。
――まだ、踏み込まれていない。
だが。
見られた。
気づかれた。
それでも、黙ってもらえている。
それは、
これまでの人生では、なかった距離感だった。