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澤村×菅原
夕方の体育館裏。風が冷たくなってきた秋の日。
「……はぁ。」
菅原は膝を抱えて、人気のないベンチに座っていた。練習終わりの喧騒は、もう遠くでしか聞こえない。
さっきの練習。トスは乱れたし、声も出せなかった。後輩の影山はどんどん上達していて、チームのテンポはもう彼中心になっている気がしてならない。
自分の声も、動きも、誰にも届いてないみたいだった。
「……なんで俺、いんのかな。」
無意識にこぼれた言葉に、自分で苦笑する。
そのとき、靴音が近づいてきた。
「いた、菅原。」
澤村だった。
「……大地。」
菅原は目を逸らした。恥ずかしさも、悔しさも、澤村の顔を見ると全部ぶり返してくる。
「練習終わったのに、いなくてさ。お前がいないと、日向と影山が暴走すんの止めるやついないんだから。」
軽い調子。でも、すぐ隣に座ってきたその距離に、菅原は少しだけ肩を強張らせた。
「……ごめん。俺、なんか全部だめだわ今日。」
「今日”だけ”か?」
「いや、最近ずっと。…俺、いる意味あるのかなって。」
声が震えるのを自分で感じた。
けど止められなかった。
澤村は少しだけ間をおいてから、ぽつりと言った。
「……俺さ。」
「ん?」
「最近、お前のトス、前より良くなってるって思ってた。」
「……は?」
顔を上げると、澤村はまっすぐ前を見たままだった。
「影山のトスは確かにすげぇよ。速いし、正確だし。けど、菅原のトスって……あったかいんだよな。」
「なにそれ、褒めてる?」
「めちゃくちゃ褒めてる。」
それでも菅原の顔は晴れなかった。
むしろ、眉が寄って、唇がぎゅっと結ばれた。
「……俺さ、わかってるんだよ。影山の方がチームとしては合ってるって。俺が出るより勝率上がるし、雰囲気も乗る。けど、だからって、笑ってベンチで見てるほど、器用じゃなくて……」
最後の方はもう、声が詰まっていた。
「なあ、大地……俺、ダサいよな。」
沈黙が落ちる。
次の瞬間、澤村の手が、そっと菅原の背中に回された。
体育館裏の冷たい空気のなか、彼の手はやたらとあたたかかった。
「……ダサくなんかない。」
低くて、やわらかい声。
「俺、お前が諦めずに練習してるの、見てる。誰より後輩のこと考えて、全体の空気見て、でも自分も絶対に手を抜かないの、知ってる。」
「……。」
「お前がいるから、俺も頑張れた。今日だって、俺、お前がいない体育館、ちょっと怖かったよ。」
菅原は目を伏せたまま、こくんと小さくうなずいた。
「……なにそれ、ずるい。」
「ずるくねえよ。」
「そういうの言うなら……抱きしめるとかしてくれてもよくない?」
冗談めかした声だったが、どこか本気でもあった。
澤村は一瞬だけ目を丸くして――すぐに、ふっと笑った。
「バレないようにって言ったのお前だろ。」
「……体育館裏くらい、いいじゃん。」
「しゃーねーな。」
そのまま、強く、抱きしめられた。
体育館裏の風がふっと止んだような気がして、
菅原は澤村の胸に額を押しつけた。
「……ありがと。」
「こっちこそ、ちゃんと戻ってきてくれてありがとな。」
澤村の腕の中で、菅原はしばらくじっとしていた。
心臓の鼓動が、耳の奥でうるさく響く。
「……ずっとこうしてたい。」
ぽつりと呟くと、澤村は少しだけ腕の力を強めた。
「俺も。」
「ほんとに?」
「嘘だったら、今ごろ練習終わってさっさと帰ってる。」
菅原はくすっと笑った。
さっきまでの涙が嘘みたいに、声が軽くなっていた。
「……たまに不安になるんだよ。」
「うん。」
「俺のこと、ほんとに好きなのかなーって。」
「おい。」
澤村が低く、でも優しく返す。
「それ言ったのお前、今月で3回目な。」
「数えてるし。」
「数えるくらいには、お前のこと考えてるってことだろ。」
「……それ、今のめっちゃ好き。」
「……お前、今甘えモード入ってんな?」
「甘やかされたい。」
そう言って顔を上げた菅原の目は、少し赤くて、けどもう泣いてはなかった。
代わりに、澤村の制服の胸元を指でちょんとつまんだ。
「……チューしたい。」
「バレる。」
「ここ見られる場所じゃないよ?」
「いや、声が甘ったるすぎてバレる。」
「じゃあ黙ってして。」
澤村は短く息を吐いて――ほんの少しだけ笑った。
「……ほんと、お前には敵わないな。」
そして静かに、額を寄せる。
キスじゃなく、おでこをそっと合わせるだけ。
けれどそれが、たまらなく甘くて。
言葉よりもずっと、安心する。
しばらくそうしてから、澤村がぽつりと呟いた。
「……春高、絶対一緒に出ような。」
菅原は、こくんとうなずいた。
「うん。もうちょっと、頑張ってみる。」
体育館裏を離れたあとも、ふたりは校門の方には向かわなかった。
菅原がぽつりと「……ちょっとだけ、遠回りして帰らない?」と呟いたのがきっかけだった。
澤村は何も言わずに、隣を歩き出した。
薄暗くなってきた道を抜けて、川沿いの小さな公園へ。
誰もいないブランコの前のベンチに腰を下ろすと、菅原はふうっとため息をついた。
「今日、ちゃんと泣けてよかったかも。」
「うん。」
「……大地ってさ、俺が落ちてるとき、いつも拾ってくれるよね。」
「拾ってるんじゃなくて、戻ってきてほしいだけ。」
「それ、ずるい。」
「また“ずるい”出た。」
澤村がぼやくと、菅原は小さく笑って澤村の肩に寄りかかった。
「ねぇ、大地。」
「ん?」
「こうしてるときだけ、ちょっと“彼氏っぽいこと”してくれてもいいよ?」
「今してんだろ。」
「ちがう。“彼氏っぽい”やつ。」
「どんな?」
「頭なでるとか、好きって言うとか、あと……ちゅーとか?」
「ぜってぇ調子乗ってるだろ、お前。」
「乗ってる。」
でも、澤村の手はちゃんと伸びてきて、菅原の頭にぽんと置かれた。
「……よく頑張ったな、今日。」
「うん。」
「焦ることあってもいい。でも、絶対一人じゃないから。」
「……うん。」
菅原は目を閉じた。
そのまま、澤村の肩に額を預ける。
「ね、大地。」
「ん。」
「“好き”って言って。」
「……今?」
「今じゃなきゃヤダ。」
少し間があって、澤村がぼそっと言った。
「……好きだよ。」
「ちゃんと目見て言って。」
「言わせすぎだろ、お前今日……」
文句を言いながらも、澤村は菅原の顔を覗き込む。
そして、小さく笑って――
「……好きだよ、孝支。」
ふいに呼ばれた名前に、菅原の顔が赤く染まった。
「やば、それ反則……」
「お前が言わせたんだろ。」
「責任取って。チューして。」
「ここ外だっつってんだろ。」
「じゃあ、ちゅーしたくなるくらい可愛いってだけ覚えてて。」
澤村は呆れたように眉をひそめて、でも最後には、笑って頷いた。
「……バカ。」
「大地が好きなバカです。」
ベンチから立ち上がって、ふたりは並んで歩き出した。
公園の外灯が、足元をぽつぽつと照らしている。
もう時間は遅い。制服のままで寄り道していたのも、そろそろ限界だった。
けど、澤村が前を向いて歩こうとしたとき――
ふいに、菅原が澤村の手を取った。
「……もうちょっとだけ、一緒にいちゃダメ?」
足を止めて、澤村が振り向く。
菅原の目は、どこか寂しげだった。
「……さっき泣いたら、すっきりするかと思ったのに。
逆に、離れるのが怖くなってきた。」
「孝支。」
「ほんとにちょっとだけでいいから……このまま、手、繋いで帰っちゃダメ?」
言い終わったあと、少しだけ顔を伏せた。
澤村はため息をひとつだけついて、でもその手を振りほどいたりはしなかった。
ただ、そっと握り返す代わりに、菅原の目を見て言った。
「……気持ちはわかる。」
「……うん。」
「俺だって、離れたくない。でも……」
「でも?」
「“こそこそする”のと、“ちゃんと守る”のは、違うだろ?」
菅原は言葉を飲み込んだ。
「俺たちが隠してるのって、恥ずかしいからじゃない。
ちゃんと、今やるべきことを大事にしたいからだろ?」
「……うん。」
「今日、ちゃんと甘えてくれて嬉しかった。でもそのぶん……切り替えるときは切り替えろ。
それが“俺の彼氏”、だろ?」
菅原は少しだけ目を見開いて、それから――ふっと笑った。
「なにそれ。説教っぽいのに、かっこいいのズルい。」
「なに言ってんだ。」
「ねえ、大地。」
「ん?」
「その言い方されるとさ、余計好きになるんだけど。どうしてくれる?」
「……責任は後で取る。」
「約束ね。」
澤村は、少しだけだけど、笑った。
そして今度こそ、ちゃんと菅原の手を離して、制服のポケットにしまい込んだ。
「じゃ、帰るぞ。」
「……うん。」
一歩後ろをついていきながら、菅原は心の中で思った。
(……あーあ。やっぱ好きだな、この人。)
どーも最近ここふたりが好きすぎている人です
推しはのやっさんだけどペアはここが好き🫶
見てくれてありがとうございました☺️
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