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きっと、このお話は、キリンさんにとって過去を振り返るような、特別な話なのだろう。隠しきれないものがある。
私はキリンさんのそれに気付かないフリをして、微笑みを返した。
「私、また、キリンさんの眼鏡探してくる!」
キリンさんの本を見て、怪物さんも人のような心を持っているんだと知った。
大切な人の幸せを願うのは姿が違えど、同じこと。
もしかしたら、さっきの怪物とも会話ができるかもしれない。
そんな期待が膨らみ、ドアノブに手をかける。
「待って」
背後からキリンさんの声が聞こえると、二匹の蝶が両肩へ飛んできた。
そういえば、さっきまでいた蝶はどこへ行ったのだろう。
「貴方の友人を連れて行ってください」
「ありがとう、キリンさん」
振り返ると、キリンさんはいつも通りの笑顔で送り出してくれた。
それを見送って、暗い闇の中を進んでいく。
蝶が二匹いるおかげか、はたまた、キリンさんの本の影響か。
怪物と出くわしたはずの暗闇が怖くなくなっていた。
あっという間にトンネルのような道を抜ける。
辺りは、白いバラが咲き乱れる花園だった。
芳醇な香りが漂い、可憐なバラが一面を埋め尽くす。
そんな花々を照らす唯一の 明かりは、穢れを知らない白い月。
「さすがにこの中から眼鏡を見つけるのは、大変そう……」
二匹の蝶に話しかけながら、両サイドにバラが並ぶ道を踏みしめていく。
レッドカーペットを歩く貴族になった気分だ。
坂を上っていくと、小高く、見晴らしのいい場所が見えてくる。
そこはバラ園全体を見渡すことができた。
だが到底、眼鏡らしきものは見当たるはずもない。
見渡す限り、白いバラが地平線の彼方まで続いている。
この広大な世界に一人取り残されたみたいだ。
景色の美しさを凝縮した眺めに目を奪われていると、二匹の蝶が私の肩から飛び立っていく。
「え、ちょっと待って!」
来た道とは逆に、知らない坂を下りていく。
一人にならないように、追いかける。
道の先には、おしゃれなガーデニングテーブルが置かれていた。
坂の斜面でちょうど見えていなかったようだ。
「おや、この蝶は君のものかな?」
いつの間にか蝶は、見知らぬ男性のティーカップにとまっていた。
「あなたはだれ?」
ティーカップに口をつけ、洗練された動きで手元に置く。
一連の動きはまるで本物の貴族のようだった。
「いきなり素性を尋ねるとは、礼儀がなっていないようだね。まずは君も座ってはどうかな?」
男性は、既に一人で空間を満喫しているようだった。
「うん、これおいしい」
今度はお菓子を頬張り始めた。
一度も目線が合わない。
そのマイペースさにこちらも遠慮することなく、椅子に座る。
卓上には、初めから用意されていたらしい、紅茶とお菓子がケーキスタンドに飾られていた。
金のフォークやティーカップには花が施され、白を基調とした西洋の雰囲気。
本場のお茶会を連想させる。
「それで」
目の前から発せられた声が現実に引き戻した。
「君はどうしてここへ来たのかな?」
紅茶を片手に、優雅に振る舞う男性だが、視線は鋭く、私を偵察しているようだった。
「眼鏡を探しに来たの」
「眼鏡?」
彼の紅茶の飲む手が止まる。
「こんな広大な花園中に、眼鏡があるとおっしゃるか」
カップで口元を隠しつつも、嘲笑が声ににじんでいた。
「君の眼鏡かい?」
「ううん、キリンさんのだよ」
その瞬間、男性から紅茶の濁る音が聞こえる。
どうやら私の回答に、むせてしまったようだ。
紅茶でむせるなんて、きったない。
と心の中でつぶやいた。
私も手元にあるティーカップに口をつける。
「にがぁっ」
言葉とともに、思わず顔をしかめてしまった。
「ゔゔん、お子様にはまだ早かったかもしれないな」
男性は、獣のように喉を鳴らしている。
「喉が痛いなら、ネギ突っ込む?」
「いや、それは結構」
ネギ知ってるんだ……。
彼は西洋の外見をしているから、話は通じないと思っていた。
「それで、キリンと言ったかな……?」
彼はむせかえりながらも、真剣に問いかける。
「そうだけど」
私も彼に答えるために真顔で返答する。
「キリンとは……あの、動物の?」
私は迷いなく頷くと、急に彼の顔がしわくちゃになる。
「紅茶、苦かったの?」
「まさか」
「じゃあ、なんでそんなにしわくちゃなの?」
彼は先程のような丁寧な所作はなくなり、粗雑にカップを置く。
それでも音は一つもたっていない辺り、育ちはいいようだ。
「それはきみがおかしなことをおっしゃるからであろう?」
「私なんか言った?」
彼はさらに眉間のしわを濃くした。
「自覚のない子供に教養するのはなんと、めんどくさいことか……」
「えっ、私酷いこと言われてる?」
「まさか、そんな」
「言われてるよね?」
「何も申しておりませんが?}
私は彼が手を伸ばしていたカップケーキを、
いち早く取り上げ、口に頬張る。
わざとらしく、それを彼に見せつける。
仕返しなのだ。
「「いじわるするのは、ダメなんだよ?」
「何も申しておりませんって」
彼はカップケーキをつかめなかった手を、力無く下ろす。
私の勝ちなのだ。
「それでですが」
改った調子で尋ねてくる男性。
「眼鏡をさがしておられるそうですね?」
私は口の中にいっぱいになったケーキを処理しながら、頷く。
彼は肩から下げていた上質な革のカバンをあさる。
「これは、初めからですが僕のカバンに入っておりました」
目の前に差し出されたのは、真新しい眼鏡だった。
「じゃあ、それは貴方の……」
「いえ、僕は眼鏡をかけない者でして」
「じゃあ、なんで鞄の中に?」
「それは僕が聞きたいくらいだね?」
彼は、目の前のスコーンを頬張ると、そのままどこかへ行こうとする。
慌てて追いかけようとしたが、私の目の前には真新しい眼鏡が置かれていた。
「ちょっと、どこに行くの!」
「僕の用事は終わったので」
「こっちの話はまだ終わってないんだけど」
彼は振り返らず、手だけで会話を終わらせようとする。
勝手すぎると、心の中で呟く。
彼の背は、遠ざかるばかり。
それを見かねてか、一人になる私の元へ、蝶達が戻ってきた。
「あっ、そうそう」
その時、彼も蝶に続けて私の方へもどってきた。貴方は蝶と同類ですね、と皮肉を言ってやりたいところだった。
「眼鏡の代わりと言ってはなんだけど、一つ貴方に頼み事をしても?」
彼は再びカバンの中を探り、私の手にそれを置いた。
「まだ言ってもいないのに、そんな嫌そう顔をしないでくれないかな?」
「えっ」
無意識のうちに顔に出ていたようだ。
「ところで、これはなに?」
私の手に置かれたそれは、一枚のカードだった。
「裏を返してみて」
言われるがまま、カードをめくる。
そこには、安らかに眠っている女性が描かれていた。
「うわっ!」
あまりの立体感に絵とは思えなかった。
「おっと」
驚きのあまり、手を引っ込めてしまった。すぐさま、彼はカードを拾う。
「それはなに?」
彼の手の中に収まっている女性のカード。
女性は肩が上下していた。
それもカードの中で動いている。
まるで生きているようだ。
「これは、現実世界の……」
彼の言葉と被さるようにノイズが重なる。
「ん?なに?」
彼の口元は、動いていた。
何か話をしているようだが、モザイクがかかっていた。空間が歪み、そこだけ世界が切り取られているかのようだった。
「やはり伝えることは出来ないのか」
その言葉と同時にそれは治った。
今はモザイクも消えている。
あまりに一瞬の出来事に、なんだかよく分からなかった。
彼は改まって服を正すと、
「僕はロイと申します。このカードは君が持っていてくれないか」
「私が?って、なんで今さら自己紹介?」
ロイと名乗った男性は、私の手に自分の手を重ねる。
「名乗る必要が出来たからだ。そして、僕からお願いがある」
真っ直ぐな眼差しで見つめられる。
「どうか、これを守るように生きて欲しい」
先程とは違う彼の雰囲気に、頷くしかなかった。
「うーん?守るってどういうこと?」
ロイは、私に微笑んだ。
「君は、この世界から目覚めるだけでいいんだよ」