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一目惚れなど、今まで経験したことが無かった。
それどころか、過去に付き合ってきた複数の男女に対し、明確な恋心など抱いたことがあっただろうか。
日曜日の朝の晴れた日差しがベランダに出る大きな窓から入り、真夏の盛りを過ぎたはずなのにまだ暑さを感じさせるそれを尻目に欠伸をし、キッチンの冷蔵庫の前に向かう。
先週日本からやってきた双子の兄、総一朗がいるおかげで、キッチンが本来の役割を果たせる快感に目覚めたように輝いていて、今までの己の生活にダメ出しされた気持ちになるが、今更何を努力しても兄のように家事が出来るはずもなく、その劣等感や罪悪感を欠伸に混ぜ込んで体外に吐き出した慶一朗は、冷蔵庫を開けて半年に一度の光景に溜息を吐く。
兄が来るまでの冷蔵庫の中はお気に入りのビールのボトルとお気に入りのカフェで買ってきたコーヒー豆の袋が並んでいるだけだったが、今はそこに野菜やヨーグルトや牛乳など、所謂必要最低限の食生活をもたらしてくれる食材が遠慮がちに入っていて、どうあっても解消できない劣等感を抱きつつコーヒー豆の入った袋と牛乳を取り出す。
兄がいなければ生活不能者だ、そんな酷評だが事実に違いがない為反論出来ないことを笑いながら話したのは兄の恋人、一央だったが、その彼がひとつだけ感心してくれることがあった。
それは、慶一朗が鉄道模型やジオラマ作りと同じぐらい手間暇をかける、コーヒーを淹れることだった。
喫茶店で働く一央が感心するほど丁寧にコーヒー豆を専用のフライパンを使って煎る所から始める為、その一杯を飲む為にはかなりの時間が必要だった。
その為、週末などに纏めて作ることに妥協したのだが、先週作っておいた豆を出し、オールドスタイルのコーヒーミルに少し多めの豆を入れてハンドルを回していく。
豆が砕かれる音と感触が掌に伝わり、ガリガリと好みの粗さになるまで豆を挽いていると、良い香りがすると後ろから声が掛かり、顔だけを振り向けて小さく笑う。
「起きたか?」
「うん。起きたら良い匂いがしていた」
「飲むか?」
「お前のコーヒーはヒロが淹れてくれるものの次に好きだな」
同じ顔を笑顔に彩った双子の兄、総一朗の言葉に素直に頷き、カップを二つ出せと告げると、総一朗がここに来た時に使う大振りのマグカップと色違いの同じ大きさのカップを出した為、カフェラテが飲みたいのかと笑う。
「今日はラテの気分だな」
「ふぅん」
ラテであろうがカフェ・オ・レであろうが、はたまた学生時代によく飲んでいたコーヒー牛乳であろうが好きなものを作ってやると笑い、豆を挽いていた手を止めた慶一朗は、ミルクを泡立てておいてくれと注文し、朝飯はどうすると問われて首を傾げる。
「ケイ?」
「いや、コーヒーがあるから・・・」
「朝飯をコーヒーだけにするつもりか?」
総一朗の声に含まれるものに条件反射的に肩がピクリと揺れ、駄目かと上目遣いになると、ダメではないが何か食べないかと提案され、ヨーグルトと小さく返す。
「・・・食べるだけマシか」
コーヒー一杯だけに比べればマシかと、弟の食事への興味の薄さが治らないと気付きながら折りに触れて注意しているが、これでも食べるようになったと少しだけ自慢するように教えられて思わず総一朗が眼鏡の下で目を見張る。
「食べるようになったか?」
「なっただろ? お前と一緒に三食食べてるじゃないか」
以前ならばあり得なかったと胸を張る弟に兄としてどう返せば良いのか分からなかったが、エスプレッソメーカーに豆をセットし、マーサのパンを毎朝毎日食べていると胸を張る弟の頭に手を乗せた兄は、早くラテを飲ませてくれとだけ返し、当たり前のそれに対して胸を張る弟にどう説明するべきか胸の中でため息をつくのだった。
慶一朗が丹精込めて作ったカフェラテが入った色違いのカップをテーブルに並べ、ヨーグルトとマーサの店で買ったバケット、総一朗が買い置きしてあったチーズも並べ、向かい合わせに本来の役目として久しぶりに使われるダイニングテーブルに座った兄弟だったが、慶一朗の皿にチーズを載せたバケットを置き、どうぞと総一朗が掌を向ける。
そこまでしないと食べないことを見抜いている兄の笑顔にまた消し去ることの出来ない劣等感を覚えつつ手に取った慶一朗だったが、総一朗が嬉しそうにしているのなら良いと溜息を吐き、軽く焼いたバケットにかぶり付く。
「美味いか?」
「うん、美味い。ソウも食えよ」
二人でこうして朝食を食べることができるのも後少しなんだからと、日本に帰国しなければならない日が近づいている事を思い出して声を小さくした慶一朗に総一朗も頷き、次に来るのは半年後かなと苦笑する。
「・・・なあ、ソウ」
「ん?」
兄弟二人きりになると、中高一貫校で毎日過ごしていた頃に気持ちが戻るのか、家の外では絶対に見せない顔を互いに見せてしまうようで、慶一朗の声に首を傾げた総一朗がどうしたと目元を柔らかくする。
「・・・本当に、俺は一人では何も出来ないんだな」
食事もそうだし感情のままに暴れた後の片付けもそうだ、何も一人では出来ないと、己の存在が兄にとっての足手纏いであることを再確認したかのような言葉に総一朗が眼鏡の下で目を見張ると、コーヒーを淹れられるだろうと笑って頬杖をつく。
「そんなもの、うまい店を探して買えば済むだろ?」
「まあ、そうだな」
「お前のように料理もできなければ、片付けも出来ない」
これで良く大人だと言えるなと自嘲する慶一朗に苦笑しつつどうしたと問えば、隣のリアムもそうだと呟かれて話の繋がりを探すことに一瞬悩んでしまう。
「俺一人が・・・ガキみたいだ」
何もできず、平気になったと思っていた人の顔を見るだけで不安定になって暴れた挙句、部屋の片付けも一人でできない上に、リアムを誘って自宅で食事をした時も、結局自分に出来たのは二人が作り上げた料理を食べることだけだったと続けられ、総一朗の脳味噌に知り合ったばかりなのに十年来の友人のような雰囲気を作り出してくれる青年の顔が思い浮かび、慶一朗の顔を真正面から見つめれば、居心地の悪そうな、だが、どこか柔らかな雰囲気で視線を逸らされる。
「・・・ケイ、この間も言ったが、やっぱり彼が気になるのか?」
「!?」
総一朗の言葉が心底意外だと目を見張る慶一朗に楽しそうに目を細めると、どういう意味だと拳を握られ、そういう意味だと笑い返す。
兄の笑顔の中に己を揶揄う様な色が見えず、純粋に疑問に思ったから問いかけているだけだと気づくと、握った拳が自然と開き、掌を見つめつつ慶一朗が本音を零す。
「・・・わから、ない」
「わからない?」
「うん・・・気にはなるけど・・・」
それが何を意味しているのかが分からないと弱々しく苦笑し、一目惚れかと総一朗が呟いた瞬間、信じられないと肩を竦める。
「一目惚れ? 俺が?」
今まで心の底から人を好きになったことなどない俺が、出会ってまだひと月ちょっとの年下の男に一目惚れをするのかと、過去最高に面白い話を聞いたといいかねない顔で笑う慶一朗に対し、別におかしなことじゃないと総一朗が冷静に返す。
「おかしいだろう?」
「そうか?」
「俺が人を好きになることなんて、ありえない」
今まで付き合ってきた男女も付き合ってほしいと言われた結果で、自分から付き合いたいと思った人などいないと断言する弟の言葉に無言で頷いた兄だったが、興奮して赤く染まる頬に手を宛がうと、己とそっくりな顔が次第に感情に歪んでいく。
「──誰も、そんなこと、教えてくれなかった・・・っ!」
「うん、そうだな」
二人がようやく掴み取った自由、その自由な世界は中学高校と最も多感な時期を男子ばかりで過ごし、女性といえば学校で働く職員か教師ぐらいだった。
そんな中でさえも人との接触を限りなく避けていた慶一朗が思春期特有の淡い恋愛感情や、自覚しようがしまいがほとんどの人が経験する初恋も意識した事がなかった。
それらを経験する前に教師の勧めでこの国に留学し、先ほど自ら告白したように相手から付き合ってほしいと言われたから付き合いだした為、良くある告白という手順を踏んで恋人となる、そのある意味当たり前の道を通らずにいたのだ。
感情面では学生時代のまま時が止まっているような慶一朗がただ悲しく、またそうさせてしまった己に対し、贖いきれない罪の存在を自覚させられてしまい、一瞬だけきつく目を閉じた総一朗は、たとえ両親や祖父母に全ての罪があるとしても、何も知らずにのうのうと生きてきた己もまた同罪だという強い思いも持っていた為、何度目になるか数えることもなくなった謝罪をする。
「──悪かった」
「Nein! 謝るな!」
総一朗の声に悲鳴じみた否定のドイツ語が響き渡り、お前が俺を世界へと連れ出してくれた、なのにどうしてお前が謝るんだと、感情が沸騰した時の癖でドイツ語で捲し立てながら己の言葉で思いを伝えた慶一朗だったが、不意に立ち上がるとそのままリビングを突っ切って階段を駆け上がってしまう。
本気で怒らせたと総一朗が気付いたのは、二階から響いてきた悲鳴のような声と何かを殴りつけるような物音を聞いたからで、慶一朗と同じように階段を駆け上がると、片づけてまだあまり物のない部屋の壁を殴る慶一朗の腕に手を重ね、感情の爆発をこらえきれないで微かに震える痩躯を抱きしめる。
「ケイ、悪かった」
「謝るな・・・・・・!」
「そうじゃない。確かにさっき謝ったことは間違っていたな」
それに対しての詫びだと、興奮に叫ぶ慶一朗の頭をしっかりと抱き締めるように腕を回した総一朗は、慶一朗の拳が背中を一つ殴ったことに痛いなと苦笑まじりに痛みを訴える。
「うるさいっ!」
「うん、悪かった」
「あんなことを言うソウなんか嫌いだっ!」
「それは困る」
喧嘩したまま日本に帰ることだけは避けたいからどうすれば良いと、背中を撫でながら宥めるように問い掛けると、腹が立つ、Scheiße、クソッタレと、決して褒められない言葉を捲し立てられ、その怒り方が中学生の頃から何一つ変わっていないことについ笑みをこぼしてしまう。
「・・・・・・何を笑ってるんだよ?」
「うん、お前が中学の頃から変わっていないキレ方をするなぁと」
笑ってしまって悪いが許してくれと、上目遣いに睨んでくる弟の額を撫でて髪をかきあげてやると、うるさい触るなと手を払われてしまう。
「ケイ」
「・・・・・・」
「せっかくお前が用意してくれたコーヒー、冷めてしまったかもしれないけど飲まないか?」
カフェラテが常温になってしまっているが、本当に自分の口に合うコーヒーは冷めた時にこそ美味しいと思うものだから構わないがと笑う総一朗に慶一朗が軽く目を見張った後、今まで怒り狂っていたことを忘れた顔で頷き、総一朗の肩に懐くように額を押し当てる。
「・・・もう、さっきみたいなこと、言うな、ソウ」
「うん、悪かった。もう言わない」
口に出すことはしないが、その思いを消すことはできないだろうと、慶一朗には伝えないように胸の奥深くで呟いた総一朗は、壁を殴った為にまたリアムが心配して来るんじゃないかと笑った時、ドアベルが家中に鳴り響き、二人が顔を見合わせてしまう。
それと同時に、慶一朗のスマホにメッセージが届き、何かあったのかと、短いが心配していると、このひと月と少しの短期間で理解した人柄が間違っていなかったと分かる文面を読み、慶一朗が口元を手で覆い隠す。
日曜日の朝、突如隣の部屋から響いた壁を殴りつけるような物音に、前の経験から異常があったことを察したのだろうが、大丈夫かと問いかけながら駆けつけてくれるなんて、どこまでお人好しなのかという皮肉な思いも芽生えるが、それ以上に心優しいマッチョマンだとの思いが強くて、総一朗の視線から顔を隠すように背けてしまう。
その姿にやはり気になって仕方がないんだろうと微苦笑するが、先程のように激昂させたくない為に一つ肩を竦めると、再度鳴り響くドアベルを止める為に総一朗が部屋を出ていく。
「ケイ、リアムも一緒にコーヒーを飲もう」
だから彼の分の用意をしてくれと笑って階段を降りて行った総一朗は、小さな声がうんと答えたことを背中で受け止め、初恋だなんだと肩肘を張らなくても良いのになと呟きつつ玄関に向かい、予想通り心配顔で立ち尽くす心優しいマッチョマンに肩を竦め、休日の朝に騒がせたお詫びに極上のコーヒーを飲んでいかないかと笑いかけるのだった。
まだ早朝の空の玄関口である空港の駐車場に愛車を滑り込ませたのは、早朝でも暑さを感じさせる青空と対照的に顔を曇らせた慶一朗で、助手席では欠伸を堪えつつ総一朗がスマホを取り出して何やらメッセージを入力していた。
「・・・・・・ソウ、大阪には直接帰らないのか?」
感情の起伏が激しかった二週間が過ぎ、ついに総一朗が日本に帰らなければならない日がきてしまったが、帰国の便のチケットが成田止まりだった為、東京で何か用事があるのかと問い掛けると、総一朗が堪えきれなかった欠伸を一つした後、やりたくはないがやらなければならないことだと心底嫌そうな顔で呟いた為、それ以上は何も聞かずにそうかとだけ返し、日本に帰国する兄を見送る為に車から降り立ち、兄もトランクから荷物を取り出す。
「ケイ、冷蔵庫の中のものをちゃんと食べろよ」
「・・・・・・うん。一央に、よろしく」
「大阪に帰ったら電話をする」
「うん、頼む」
東京での用事がどれほどの時間を要するかは分からないが、早く済めばいいなと小さく笑い、出国ゲートに向かおうとする総一朗と次に直接会うことができるまでの間の寂寥感を、兄の背中を抱きしめる事で伝えると同時に何とか紛らわせるが、同じように背中を抱きしめられて歯を噛み締める。
総一朗がシドニーを訪れてからの二週間、今までとは大きく何かが変化した気がした慶一朗だったが、リアムに誤解を与えてしまい、それを解消する為に珍しく必死になったこと、その後誤解の解けたリアムが総一朗と料理の話やアウトドアで星を見ることの楽しみなどで意気投合して仲良くなってしまい、二人が楽しそうに料理を作っている光景を見ることしか出来なかった慶一朗が拗ねてテレビを見ていた事も、振り返った今ならただの笑い事になっていて、まさかお前と彼があんなに仲良くなるなんてと笑って総一朗の肩に手をついた慶一朗は、確かに意外だったと笑われて口の端を持ち上げる。
「彼と仲良くしろよ、慶一朗」
「・・・・・・ああ」
お前の言う仲良くがどういう意味かは分からないが、仲良くしていきたいと思っているから安心してくれと頷く慶一朗の髪を撫でて頬を一つ撫でた総一朗は、そろそろ中に入る、二週間ありがとうと目を細めると、慶一朗も同じように頬を撫でて小さく頷く。
「気をつけて帰ってくれ」
東京に到着するのは夕方になるだろうが、落ち着いたら電話をくれと再度の念押しをし、手を挙げて出国ゲートを潜る兄の背中が見えなくなるまで見送った慶一朗は、一つため息を零した後、名残惜しさや寂寥感を空港の中に捨てて行くように踵を返し、駐車場に停めた愛車へと向かう。
兄が訪れていた二週間、嬉しい事や楽しい事だけではなく、常に感じている劣等感を刺激されたり罪悪感を思い出してしまって口論してしまったのだが、それでもこうして帰国する兄を見送るのは寂寥感を覚えてしまう事だった。
生活の基盤が日本とオーストラリアと別の国にある為に仕方のない事だと分かっているが、これからはまたしばらく総一朗の声を聞けるのは電話かビデオチャットになってしまうなと苦笑し、サングラスを掛けて愛車を駐車場から空港から市内に向かう道路へと進めるのだった。
出国したシドニーとは季節が逆の東京に到着した総一朗は、時差を考えずに済む大阪で帰国を待っている恋人に、東京に着いたとだけメッセージを送り、相変わらず一言だけか、おかえりもお土産を買ってきたとこちらを喜ばせる言葉もないのかと、メッセージアプリで湯気が出て怒気を表すウサギのイラストがすぐさま返ってきて、己の恋人のある意味素直さに自然と笑みが零れてしまう。
その気持ちが珍しくメッセージを送るだけではなく直接声を聴きたい衝動を呼び覚まし、電話をかければすぐさま恋人の慌てたような声が返ってくる。
『もしもし!?』
「・・・俺からの土産もケイからの土産もちゃんと買ってきたぞ」
『それやったら最初からそう言えばええやん! なんで黙ってるねん!』
言わなければ言わないで、言ったら言ったで怒る恋人の本心をしっかりと見抜いている為、総一朗の口角が先ほどよりも自然と持ち上がり、今から気の重い面会を済ませなければならない、それまでの間お前の声が聞きたいと本心をポツリとこぼすと、一瞬の沈黙の後、お疲れ様やなぁと、やわらかな大阪の言葉で労ってくれる。
その声をもっと聴いていたいと思いつつ、面会先に向かう為にタクシーに乗り込んだ総一朗は、大阪には明日の昼過ぎに帰る、帰ったら店に寄ると伝え、うんという素直な返事を貰って自然と目元を緩めてしまう。
「・・・ケイも、彼に対してこんな風になれれば良いのにな」
『どうしたん? ケイさん、何かあったんか?』
「ああ、また話すから聞いてくれ」
弟の前では見せないまた違う穏やかな顔でいつでも真正面から話を聞いて受け止めてくれる恋人に感謝しつつ電話を終わると伝えると、明日の晩御飯はハンバーグを作って待ってるから早く帰って来いと、総一朗のやる気を自然と引き出してくれるようなことを告げられて頷き、興味なさそうな顔を装っているタクシーの運転手に行き先を告げてその後は沈黙を貫くのだった。
翌日、いつものように勤務先の病院へと向かった慶一朗は、休暇を満喫したかと同僚たちに問われてもちろんと笑顔で頷き、ロッカールームで医者にしておくには勿体ない広く大きな背中を発見する。
「・・・ハロゥ、お人好しのマッチョマン」
「!?」
背後からの呼びかけとも思えないそれに驚いたヘイゼルの双眸が振り返り、頭一つ分下にある端正な顔にいたずらっ子のような笑みが浮かんでいるのに気づくと、同類のような笑みを浮かべて休暇を満喫したかと問いかける。
「もちろん。お前も知ってるだろう?」
「ああ、そうだな」
休暇の後半は三人で食事をしたりもしただろうと笑う慶一朗にお人好しのマッチョマンと呼びかけられたリアムが笑い、イチローは帰ったのかと問いかけて伏し目がちに頷かれる。
その顔から二人の仲の良さを改めて認識したリアムだったが、それで悩んでいると顔を上げた慶一朗の笑顔に一瞬鼓動を早め、どうしたと自身に問いかけるが、冷蔵庫の中に食べきれない食材がある、どうにかしてくれないかと上目遣いに見つめられて更に鼓動を早めてしまう。
「あ、ああ、俺が料理できそうなものなら」
「お前なら大丈夫だ」
生ものが多かった気がするから良ければ今夜家で飯を食わないかと誘われ、それが素直に嬉しくて頷いたリアムと慶一朗の耳に診察開始時刻を知らせるアラームが流れ込む。
「さ、今日も頑張るか」
「そうだな・・・ああ、ケイ、今日のランチは?」
「何を食べればいいかわからないんだ、リアム」
どうすればいいと、いつだったか交わした言葉をあの時とは全く違った気持ちで問いかけた慶一朗にリアムが目を丸くするが、一つ肩を竦めた後、今日のお勧めはシーフードだなと頷かれた為、それに決めたと笑いながら気分を切り替える用のジャケットを手に取り、ロッカールームを出ていくのだった。