「…はっ?」
耳を疑った。
何を言っているんだ、こいつは。一瞬、いつもの感じを忘れそうになってしまったが、慌てて取り繕って聞き返す。
「え、元貴、や、藪から棒に何言ってんの…?」
「涼ちゃん珍しい言い回しするね。言葉通りだよ、付き合いませんかって」
元貴が立ち上がって、僕が座るソファーの隣に腰掛ける。ギクリとした。彼らの前ではあまり堅苦しい言葉を使わないようにしているのに。お前がそれくらい、動揺させることを言ったんだろ。
「えぇ…。な、なんで僕なの?」
「理由?1個しかないでしょ。涼ちゃんが好きだからだよ」
「…。元貴って、恋愛対象…」
「女の人、だったけど。涼ちゃんは好きみたい。もしかしたら俺バイなのかもね」
涼しい顔でそう零す。なぜそんなに自分のセクシャリティにオープンになれるのか。昔から同性愛を周りに言ってこなかった自分にはとりわけ信じられない。それに1ミリも僕を好きとかいう素振りを見せなかったのに。鼓動が早まる。やっぱり、こんな期待をしてしまうくらいなら恋なんてしたくない。熱くなる顔にイライラとしてくる。
「で、でも。ミセスとかどうするの?」
「別に若井気にしないんじゃない。…ねえ、めっちゃ我儘だけどさ。どうせ振るなら一思いに振ってよ」
「えっと…。じゃ、じゃあ、お願いします…?」
「…まじで?いいの?」
途端に半分驚きで顔を明るくする。何でそっちから言ってんのに、あたかも振られるのが前提のような反応なんだよ…。君の意味不明な言動と自分の高鳴る鼓動に色々と麻痺してしまい、遂に気持ちを認めてしまった。
「僕も!元貴がすきっ、だから…」
声が裏返る。そりゃそうだ。適当に、でも平穏になるよう生きてきた自分にとったら初めての恋で。初恋は実らない、なんて言葉があるくらいだから諦めていたのに。
「俺重いし束縛しちゃうよ。いい?」
あぁ、ずるい。また俺だけを見つめるその瞳だ。俺を捉えて離さないまま、期待させられる。
嫌いだ。この感情が、本当に。
期待して、会えたら心踊って、君が誰かと笑っていたら嫉妬して傷ついて。目指していた平穏とは程遠い、荒波に揉まれるような高低差がある。
でも、君がいたから人生を楽しいと思えちゃうんだ。
あぁ、本当に嫌だ。嫌なのに。
俺が座るソファーに腰掛けて君は俺を抱きしめた。今までのスキンシップとは違う、そっと愛おしい物に触れるような丁寧さで。顔から火が吹くくらい熱くなって、揶揄われる。時間の流れが狂い出す。ふと、バタバタと通り過ぎて行ったいくつもの足音でここが楽屋だと思い出した。慌てて肩を掴んで声をかける。
「…ね、元貴。若井帰ってきちゃうよ」
「別にいいんじゃない、ハグとかは普段からしてるし。それに周りに涼ちゃんは俺のって示さないと」
とくん、とくんと胸がざわめきその一言で嬉しくなる。それでもTPOというものがある訳で、引き剥がそうとしてもぴくりともしない。苦労すんのはこっちなんだよ、お前はのらりくらりと誤魔化すのがうまいけれど。そうこうしているうちにガチャリとドアが開かれてしまった。
「ふぁ、ただいま〜…あ?え元貴どした?」
若井があくびの途中で止まったようなアホ面で尋ねてくる。彼の位置からは元貴の顔が確認できないので、泣いているようにも見えてドキマギとしている。それがまた俺の甘くて苦々しい複雑な感情を刺激して、つい雑な口調になってしまった。
「…さあ、何でくっついてんだろうねぇ」
若井に呆れ顔を見せ、じとり、と元貴を見下ろす。君は胸に顔を埋めていたが、急にこちらを見て俺だけに目配せする。
「…。付き合ってたら普通じゃない?」
「…はっ?」
本日2度目の、素っ頓狂な声が出る。え。いやいや早速若井に言っちゃうの?気にしないんじゃない、とか言ってたけどそういう意味?まあ勿論何も知らない彼も固まっていたが、口をパクパクとさせて呟くように言った。
「ん、え?どういう…。そういう!?」
「若井うるさいよ。今イチャイチャしてるんだから」
元貴が俺の膝の上に座り直し、若井に見える角度になる。今までも何度も乗られているので違和感はないが、まるで首に回された腕が子供のおもちゃの主張のようで。少し滑稽で笑ってしまうが、確実に離れない南京錠にも思えてまた心拍数が上がっていく。
良いことが起こったのが分かる。
皮肉にもどうやら初恋が実ったようだ。
悪いことがあるのも分かる。
面倒臭い事になりそうだ。
◻︎◻︎◻︎
読んでくださりありがとうございます!
今作品は投稿頻度を上げようとしたのに、早速1週間ほど空いてしまい悔しさでいっぱいです…泣いつも飽きずに呆れずに見ていて下さる方々、本当に感謝しかないです…!モチベーションはたっぷりなんですけどね泣
次も是非読んで頂けると嬉しいです。
コメント
6件
この💛さん、好きです❣️ イヤイヤ感出しつつも、初恋なんだ🤭と所々やっぱり可愛いところもあり💕 目が離せません👀♥️💛
これは、『涼ちゃん』を装う『藤澤涼架』のお話ですね(間違えてたらすみません💦) 常々、涼ちゃんの心の中はどんな感じなんだろう?と想像するのですが、もしかしたらこんな風に色々と悪態ついてたりしたら、ちょっと面白いですよね🤭 それでも、やっぱり根底では元貴くんを好きになっちゃう涼ちゃんが、愛おしいです🥰💕