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それはまだ、彼が“狐狼”と呼ばれる以前。名もなき訓練兵だった頃
◆出会い
新兵たちの訓練場裏、獣舎の片隅に一匹の子狼がいた
毛並みは汚れてくすみ、体は痩せ細り、目だけが妙に鋭かった
騎獣候補として運び込まれたものの、幼すぎる・懐かない・戦力にならない、という理由で放置されていた
「……お前、名前ねえのか」
兵舎に帰る途中、陰キャ転生はふらりとその子狼の前にしゃがみこんだ
じっと睨むように見上げてくる瞳に、なぜか彼は笑った
「んー……ギン、だな」
銀色だから。それだけ。考えるのが面倒だった
子狼は、わずかにしっぽを振った
「お、気に入ったのか? よしよし──いってっ」
手を伸ばした指先に、子狼が小さく甘噛みした
ちくりとした痛み。そこから、うっすら血が滲む
ぺろ、とその血を舐めた子狼の目が、かすかに光を宿す
──その瞬間、魂は結ばれていた
名前と血の契約
それは極めて強固な《魂結》が生まれる
そしてそれは、契約者と契約獣の生死・精神・肉体にまで影響を及ぼす禁術とされていた
だが当時の彼は、それを知らなかった
子狼もまた、ただ懐いた相手にじゃれついただけだった
◆共に在る日々
それから訓練も実戦も、常に彼の背にはギンがいた
ギンは急成長した
身体は一回りも二回りも大きくなり、銀色の毛は太陽を反射して輝いた。
陰キャ転生が騎乗すれば、まるで地を滑る風のように駆け、敵の矢を避け、鋭い牙で首を砕いた
「お前がいりゃ、それでいい」
それが口癖になった
夜は焚き火のそばで、彼の膝に顎を乗せるギンと並んで眠る
互いの気配が、互いの鼓動が、確かにそこにあった
◆最期の戦い
──そして、あの瘴獣の大進行(スタンピード)
最前線の防衛が崩れ、指揮核の撃破が急務とされた
選ばれたのは“双狼”の二つ名を持つ、彼とギンだった。
「いつも通りだ。俺が斬って、お前が運ぶ。な?」
戦場の只中を、ギンと共に駆けた。群れを裂き、風のように滑り、背の主の一撃を何度も敵に叩き込む。
指揮核を目前にしたその瞬間だった
死角から、巨大な瘴獣が飛び出す
陰キャ転生が気づいたときには、遅かった
視界が空を仰ぐように反転する──ギンが、彼を背中から突き飛ばしていた
「おい、バカ……っ!!」
彼が叫んだときには、ギンは敵の前に立ちふさがっていた
唸り声を上げる。喉の奥から絞り出すような威嚇に、敵は一瞬だけ動きを止める
その隙に──致命傷を負いながら、ギンは跳んだ
まっすぐ、指揮核ののど元に喰らいつく
爪が折れ、牙が砕けても、放さなかった
瘴獣の核は破壊された。群れは一気に崩壊した
だが、シロはもう立てなかった
◆別れ
「ギン……」
戦場にひとり膝をつき、彼は動かなくなったギンを抱きしめた
言葉にならなかった。目の奥が痛いのに、涙は出なかった
ただ、胸の奥が削がれるように空洞になっていく
──魂結が、解かれた
その瞬間から、幻痛・情緒不安定・幻聴──様々な症状が彼を襲った
それでも誰にも見せなかった。ただ、ネックレスにしたシロの牙を胸に、立ち続けた
◆現在
今、その牙は別の意味を持つ
自害の道具ではない。共に戦った“相棒”の証であり──
“今はもう、ひとりじゃない”と教えてくれる、重み
夜の屋上で、陰キャ転生は小さく呟いた
「……ギン。俺、ちゃんと歩けてるか?」
風が吹く
胸元で牙が、かすかに鳴った
まるで、返事のように