テラーノベル
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車から降りて、モール入り口へ向かう道中、晴永は無意識に肩に力を入れてしまう。
(……落ち着け、俺!)
横を歩く瑠璃香は、そんな晴永から少し距離を取っている。
それが、なんだか埋め切れていない二人の距離を如実に表しているようで、なんだか落ち着かないのだ。
でも……だからといって、命令するみたいに『そんなに離れなくてもいいだろ?』とか言うのは何かが違うと思ってしまう。
本当は今すぐにでもさりげなく手を差し伸べて、あわよくば手を繋いで歩いてみたい。
だが……。
晴永は、瑠璃香の部屋でちょっと飛ばしすぎたという自覚がある。
瑠璃香が自分の貸した服を脱ぐとか言い出した時には、所有感が薄れるのが嫌で、思わず引き寄せて触れてしまった。結果、瑠璃香から結構激しく拒絶されたのを覚えている晴永は、あのことを密かに反省しているのだ。
(やりすぎは禁物だ……)
あくまでも少しずつ……。それこそ野生動物を手なずける感覚で、瑠璃香を甘やかしながら彼女のペースでこちらへ距離を詰めてもらいたい。
でも、瑠璃香の同期の日下仁人のことを思うと、焦る気持ちがどうしても抑えがたくなってしまう。
日下と瑠璃香の、同期ならではの距離感を思うと、胸の奥がきゅっと縮む。
勢いで今、こんな状態になっていて……、実際には日下より一歩も二歩もリードしていると思うのに、内心ではずっと綱渡りみたいに不安だった。
いっそのこと、昨日入手した婚姻届けを早々に役所へ提出して縛ってしまえばいいじゃないか。
――そんな考えが頭をよぎったが、すぐに振り払う。
それじゃ駄目だ。
彼女の気持ちがこっちを向いてからじゃないと、なんだか虚しい。
……でも、悠長に構えている間に、日下に攫われたら?
そう思うと、胸の奥がざわついて落ち着かないのだ。
そもそも、瑠璃香は昨夜からの自分とのことを、どう思っているんだろう?
酔って迫ってきたのは確かに彼女のほうからだが……それに乗って手を出したのは明らかに晴永の落ち度だ。
今朝の反応からすると、彼女の方は不本意だったように思う。そのことも、表には出さなかったが、結構こたえている晴永である。
そのせいで、微妙な距離感を保ったまま、瑠璃香と並んで歩く道行きが、やけに遠く感じられた。
だが――。
(ここで弱気になったら……)
頭の中で、弱気の晴永と、押せ押せゴーゴーな晴永とが拮抗して……後者にほんの少し軍配が上がる。
(ここで攻めなきゃ、一生この距離だ)
晴永はぐっと拳を握りしめると、
「瑠璃香……手、繋がないか?」
声が上ずらないよう細心の注意を払いながら、瑠璃香へ手を差し出した。
***
「瑠璃香……手、繋がないか?」
今までは黙って気持ち斜め前方を歩いていた晴永が立ち止まって手を差し出してきたとき、瑠璃香は一瞬言葉を失った。
え?
――いま?
思っていたよりもずっと静かな声で。
思っていたよりもずっと、控えめに。
差し出された存外男らしく骨ばった大きな手に、胸の奥がきゅっと縮む。
手首に浮いた太い血管が、やけに色っぽく見えて……記憶にないはずの昨夜の情事を彷彿とさせられた気がした瑠璃香は、柄にもなくドキドキしてしまう。
いま、晴永の手を握ったら、緊張で手汗をかいてしまっているのがバレてしまうかも知れない。
(それは困るっ!)
拒否する理由は、いくつも思いつく。
課長だから。
会社の上司だから。
まだ、何も整理できていないから。
なのに。
コメント
1件
がんばったね、課長( ´͈ ᗨ `͈ )◞︎♡⃛︎