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【雪梅side】
「あんたなんか__!」
やめて、それ以上言わないで
「あんたなんか産まなきゃ良かったのよッ」
お母様……
なぜいつもそんなことを仰るのですか。
私は悪い子でしょうか?
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「…………おい! 起きろ馬鹿め」
ん……?
此処は何処なの?
あ…………そうだ。
私はさっき、お母様に売られて。
人攫いの人たちと、後宮へ行くんだわ。
後宮って皇帝さまがいらっしゃるところよね?
そんなところで私は何を……。
(何が、出来るんだろう)
考えてはいけないよね。
でも…………。
現実のお母様もさっきの夢のお母様も、私は
出来損ないって言うし。
それなのに、なんでだろう?
「なぜ後宮へ行くのですか」
思わず、そう聞いた。
「仕事だからだ」
「そういうことではないんです。私は料理も洗濯も上手くは出来ませんから。なぜ私を、と思いまして」
「後宮は料理と洗濯だけじゃない」
「でも」
「お前が一番働きやすい部署を決めて働くところだ、後宮は。だから自分の好きなことをやればいい」
「……そう」
「お前、名前は」
「……雪梅」
「対照的だな」
「そう?」
普通だと思うのだけど。
当たり障りのない、普通の。
「雪のように儚い。だが梅のように華やか。対照的だろう」
「ありがとう」
褒めてくれているわけじゃないけれど
初めて名前のことに触れてくれて。なぜだか
とっても嬉しくて。
小さく微笑んだ。
「お兄さんの名前は?」
「俺の?」
「ええ」
教えて欲しい。
もし教えてくれたら、いつかまた会えるでしょ?
そう思って聞いてみても、お兄さんは
少し寂しそうに笑いながら瞳をフッとふせた。
でもそれから出てきた言葉は、
さっきとあまり変わらない皮肉的な声で。
「俺はただのしがないお兄さんだが」
と。
嘘でしょう。
生きてる者は皆名前があるべきだって、
小さい頃に通ってた学校の先生が言ってた。
……優しかったお父様も。
「名前があるでしょ」
「名前なんてない。俺から捨てたんだよ」
捨てた?
名前を?
私を捨てたお母様みたいに、
お名前を捨てちゃったの?
そう考えてみると、幼ながらに彼は完璧に
〝いいひと〟じゃないのかなって思った。
だけど、さっきまで名前のことなんて
ひとつも考えてなかった私が、
自分の名前 だけじゃなくて人の名前について
考えられるようになるほど、あったかくて
安心するようになっていたから。
そんな太陽みたいに人を笑顔にできる
お兄さんは、きっと、
巫山戯て名前を捨てる人ではない。
もしかしたら極悪人かもしれないけれど
それでも優しさは本物だったから。
私にとっては、英雄みたいなものだったから。
(名前を捨てたのにも理由がきっとあるのね)
「はは、絶望したよな」
お兄さんが乾いた笑いをうかべる。
「そんな事無いわ」
「……ぇ」
「だからそんな顔しないで」
それが、私に出来る精一杯だった。
それでも、頑張って笑ったのが伝わったのか、
お兄さんも「わかった」と笑って返してくれた。
それから、色んな話をした。
皇帝さまのこと、皇太后さまのこと、
宦官のこと。
そして、妃のことも。
「四夫人については知ってるか?」
「しらないわ」
「四夫人っていうのは、数ある妃の中でも最も皇帝から大切にされて、位が高い。貴妃、淑妃、徳妃、賢妃のことだ」
「それぞれ必要な要素があるの?」
「ああ」
「賢妃であれば賢く冷静でなければならないし、徳妃であれば優しく純粋でなければならない」
難しそう。
毎回冷静であるのも優しくあるのも、
大変だし難しいことだと思うのだけど。
それでも、きっとそれができるのが妃の
器ってやつなんだろう。
「お前は、四夫人になりたいか」
その質問に、私はすぐキッパリと答える。
「いいえ。毎度気品があるように振る舞うのも、妃に託される役目も私にはきっと荷が重いわ」
それに妃になったらある程度自由が
効かなくなるのでしょう。
嫌だわ。
もっと、そう、私の命が尽きる前に、
できるだけたくさんの世界を見てみたかった。
だから、妃にはなりたくないと思っていたの。
「ッはは」
「お前らしいな」
そうすると、もうきらびやかな宮殿たちが
目の前に見えて来て驚いた。
別世界だと思ったわ。
だけど、ここにあるのを見る限り、
これは現実なのだろうとも。
「さぁて。もうお別れだ」
「え?」
唐突に寂しくなった。
生まれて初めて、あったかい気持ち に
なったのに、それをくれたお兄さんと
もうお別れだなんて。
でも、いずれ会えるでしょう。
後宮で私が熱心に働いていたら噂になるかもね。
そう思って、お迎えの人が馬車の扉をあけてから、ようやく、
「お兄さん、有難う。私、初めて後宮って言う高貴な場所に行くってなって混乱してたの。でも、あったかく話してくれて良かった。嬉しかったわ。きっと素敵な名前だったのでしょうね。本当に有難う。また何時か会いましょう。私頑張るわ」
と、彼に伝えたかった大切な言葉を紡いだ。
すると、彼は嬉しそうに笑った。
最後だけど、一番の微笑みを見せてくれたんだ。
「……お前も達者で頑張れよ。いつか会おう」
「……うん!」
最後くらい、笑顔でいなきゃ。
だけど、なぜだか寂しい気持ちはなかなか
収まってくれなくて、お辞儀をしようとした
瞬間、涙がぶわっと溢れた。
(有難う……お兄さん。楽しかった)
もう泣き顔くらい最後に見られてもいいと
思って私は顔を上げた。
そこには…………。
涙を必死で拭いているお兄さんが。
「…………ふふっ」
なぜだか可笑しくて笑いがこぼれる。
これから辛いこともあると思うけれど、
頑張ろうって心に決めたの。
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