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馨の頭の中で、花畑が一斉に満開を迎えたか、花畑に潜んでいた蝶が一斉に舞い上がったことがわかった。
予想を裏切らないアホ面だな……。
俺はしばらく馨のアホ面を眺めていた。
目を開けたまま気絶してる……?
馨は瞬きをせず、じっと俺を見ている。
『この男、頭がおかしくなったんじゃないか?』
そう思っているに違いない。
こんなバカげたことを思いつくなんて、自分でも驚きだからな。
その上、その思いついたバカげたことに協力してもいいと思うなんて、俺も焼きが回ったな……。
昨夜の馨とのセックスは、極上だった。
二度で終えられたことに、自分を褒めてやりたいくらい。
美人だとかスタイルがいいとか胸が大きいとか、ポイントは人それぞれだろうが、そんなものはどうでもいいと感じた。
馨の全てが最高だ――。
この先、馨以外の女を抱ける気がしない。
だから、言えた。
「結婚しよう――」
理由なんてどうでもいい。
馨を俺のモノにしたい――。
「えーーーっと……」
ようやく、馨が口を開いた。
「なんか……」
言葉を待っていると、突然彼女は立ち上がった。鞄を両手にしっかりと抱えて。
「帰ります!」
「はい?」
「お邪魔しました」
またかっ!
今度はさっきよりも素早く、というか全速力で玄関に向かう。
「待て待て!」
俺も負けじと走って馨を追う。靴を履く直前で抱き上げる。
「ぎゃぁ!」
『ぎゃぁ!』って……。
「もうちょい色っぽい声出せねぇのかよ? てか、お前はなんですぐに逃げる」
「逃げてなんか――」
「これで四度目だ」
「お、降ろして――」
馨は足をバタつかせる。昨夜も思ったが、彼女の鞄はとにかく重い。
「暴れんな!」
俺はわざと馨の膝裏を抱える腕を外して、彼女を落としかけた。
「ひゃ――」
慌てた彼女の手から鞄を奪い、ゆっくりと身体を床に降ろす。
「都合が悪くなると逃げる癖、直せよ」
俺は鞄を持って、寝室に行く。クローゼットのタンスの上に置いた。馨には届かない。
馨は諦めてリビングにいた。ソファではなく、ソファの下で膝を抱えて座っている。
口を尖らせて。
「帰りたい……」
「ダメだ」
「結婚て……何……」
「お前が妹より先に俺と結婚すれば、俺が立波リゾートの次期社長になる。だろ?」
馨は小さく頷く。
「殺さなくても、黛の計画はご破算だ」
今度は頷かない。
「全部、話せ」
頷かないし、話さない。
大方、弱みでも握られてる……か。
それも、恐らく妹の弱み。
俺は馨に聞こえるような大きなため息をついた。彼女の肩がビクッと跳ねる。
「黛と妹の結婚はどうなってる?」
「大学を卒業するまで待つように説得したわ。渋々だけど、妹は納得した。たった二人の家族だから、私には祝福されたいって……」
「そうか」
「結婚したい相手はいなかったのか?」
「え……?」
俺は馨の隣に座った。馨が顔を上げる。
「お前がすぐに結婚していれば、黛につけ入られることもなかったろう?」
質問しておいて、返事を聞くのが嫌だった。
馨に結婚を考える男がいたと聞かされて、何も感じないはずがない。
気づけば、馨はまたうつむいていた。
「結婚なんて……しない」と、馨がポツリと言った。
「私は、しない」
「どうして?」
「…………」
俺は口の軽い、お喋りな女は嫌いだ。誰にでも尻尾を振る女も。男も。
ここまで秘密主義なのも……な。
「結婚するくらいなら、黛を殺すか?」
馨の、膝を抱く手に力がこもるのがわかった。
「姉が妹の婚約者を殺す、なんて、ワイドショーのネタにぴったりだな」
「いじわる……」
「お前がこれ以上話さないなら、俺もこの企画は修正しない」
「企画って……。大体、雄大さんが戸籍を汚してまで協力する理由がないじゃないですか! 結婚となれば雄大さんのご家族だって――」
「それは問題ない」
本当に問題ない。
「俺は結婚しないと公言してきたからな。家族はとっくに諦めたよ」
事実だ。
「なら、なおさらダメでしょう? 念願の息子の結婚が企画崩れだなんて」
「ひどい言いようだな。事情はどうであれ、結婚するからには幸せになるし、するぞ」
馨が信じられない、という顔で俺を見る。
正直、自分でも驚きだ。
この俺が、結婚だの幸せだのを口にするなんてな……。
「ま、とにかく身体の相性はいいんだ。後はどうにでもなるだろ」
俺は馨の肩を抱き、キスをする。
「もう一度確認するか?」
馨が恥ずかしそうに顔をそむける。
髪をかき上げ耳にキスをすると、彼女が目をキュッと閉じた。
「確認しなくていいですから! 帰らせてください」
「なんで」
「何かもう……色々……無理……」
「そんな可愛く言われると、止めるのが無理なんだけど」
シャツのボタンに手を掛けると、馨の手が重なった。
「ホントにダメだから!」
「なんで」と、今度は俺が口を尖らせる。
「着替えもないし……」
「俺の服、着てればいいだろ?」
「そういうことじゃ……」
馨が今にも泣きそうに見えて、俺は顔を離した。
「お前は、もう少し人に頼ったり、楽観的に考えられるようになった方がいいな?」
外れたボタンを留める。
「ほら、帰るんだろ?」
「いい……の?」
「車で送るよ。それから、これ持ってろ」
俺はさっきクローゼットから出してきたカードキーを差し出した。
「いつでも来ていいから」
「けど……」と、馨は受け取るのを躊躇う。
俺は彼女のシャツの胸ポケットにカードを差し込む。
「ヤリ逃げしないって証明だよ」
逃げるどころか、逃がさねぇけどな。
馨は納得したようで、小さく頷いた。