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4.話をしよう
ヨークシンシティでの幻影旅団との抗争で、クラピカにはどうしても腑に落ちないことがある。
幻影旅団がクルタ族を皆殺しにし、全ての緋の目を抜き取った。この情報に、確証が持てなくなった。
彼らのあり様や戦闘スタイルと、クルタ族が虐殺された時、無抵抗の女子どもまでも殺害し、緋の目を執拗に奪われたそのやり口が、一致しない。
虐殺の後、クルタの里にメッセージが残されたが、幻影旅団はそんなものを残すような集団ではない。
旅団の頭は、自分は人質としての価値などないと断言しながら、人質交換は正常に成立してしまったという矛盾。
本当のことが、何一つクラピカの前に開示されていないのに、それを確かめる余裕さえなく、全部、混沌として流れてしまった気がしていた。
まだ整理のつかない気持ちの中で、クラピカはヨークシンシティの真ん中で再びクロロと相まみえてしまった。
「聞きたいことがある」
そう言われて、クラピカが最初に思い当たったのが、パクノダの死だった。
クロロの聞きたいことは、そのことではなかったかもしれない。あくまでクラピカの予想だ。
たが、もしクロロの質問がパクノダのその後についてだったら、答えてやらなくてはならない。
自身の命と引き換えにしてまで、クロロと蜘蛛に殉じたパクノダの想いを、クラピカは無下にはできなかった。
クロロが彼女の死を知らないのであれば、聞かれなくとも伝えてやるのが、正しい道なのだろう。
そう思うと、クロロの申し出を断ることがクラピカにはできなかった。
蜘蛛がクルタ族の真の仇ではないかもしれないという疑いも相まって、クラピカはクロロの誘いに応じた。
たが、クラピカの予想と苦悩に反して、クロロからの最初の質問がパクノダの安否ではなかったため、ぐらぐらと頭に血が上った。
「お前は、命をかけてお前を守った仲間に対して、そんなに無関心か?!」
そう叫んで、縊り殺してやろうと思って、寸での所で思いとどまった。
待て、落ち着け。
コイツは、パクノダの安否に思いいたらないほどに、パクノダの死を想定していないのかもしれない。
あの時、パクノダに課した誓約は、クラピカの能力を漏らさないこと。
まさかあんなにあっさり誓約を破り、命をなげうってまで情報を渡すなど、クラピカも誰も予想だにしなかったのだ。
だから、落ち着け。
これは、自分の勝手な予想に基づいた、勝手な怒りであって、事情を全く知らないクロロにとっては、突然振りかざされた理不尽な殺意以外の何物でもない。
冷静になろうと席を立ったクラピカは、気持を落ち着けると、すぐにテーブルに戻った。
すると、全面的にこちらに否があるにも関わらず、店員の好意を甘受しようとするクロロが目に入ったので、流れを強引に止め、店員には早々に退散願ったら、なぜか爆笑された。
ひとしきり笑われた後、すっと、さっきまであったはずの笑みが嘘のように消え、クロロはクラピカをずっと苛んでいたものを言い当てた。
「パクノダが死んだ?」
言い当てられた瞬間、クラピカはその重みがとんでもなく重く、自分にのしかかっていたことに、気づいた。重すぎて、息さえできない気がした。
クロロからの問いかけに「ああ、そうだ」とクラピカが頷くと、「そうか……」と言ったきり、クロロは黙った。
「パクノダについて、他に聞きたいことはないのか」
「いや、ないよ。お前から伝えられたってことは、ジャッジメントチェーンの誓約を破っての死だったからだろう?」
「そうだ。よって、私の能力は旅団に伝わっているだろう」
クロロは淡々と伝えるクラピカをまじまじと見ながら、聞いてきた。
「なら、なおさら。なんで今、俺を殺そうとしない?わざわざパクノダの死を伝えてる場合じゃないだろう。俺がジャッジメントチェーンを外したら、旅団全員がお前を殺しにかかってくる」
「その時は、迎え討つまでだ。今の、ほぼ無抵抗のお前を殺すことなど、しない。
少なくともお前の口から、5年前の襲撃の詳細をきくまでは」
クロロはしばらく考えるように、口元に手を当てていた。しばらくして、今度はじっとクラピカの手元を見るので、なんだ?と思っていると、見ていたのは手元ではなく、コーヒーカップだということに気がついた。
「お前、俺の分のコーヒー飲んだじゃないか。そっちをくれないか?」
唐突にコーヒーの話しになって、面食らったクラピカだが、断るほどのこだわりも持ち合わせていない。話をはぐらかされたのか、と思いながらも、まだ口もつけていないコーヒーカップを差し出すと、すっかり冷めてしまっただろうコーヒーを飲みながら、クロロは独り言のように話し始めた。
「蜘蛛は、売られた喧嘩は、必ず買う。
だが売られなきゃ、買わない。だから積極的にお前を殺しに行くことはない。
ーーお前が売ってこない限りは」
最初は、誰かに向かって話している、と言うには、覇気が乏しすぎる口調だったのが、最期の一文だけは、クラピカをはっきりと見据えて言い切った。
まるで、お前は蜘蛛に喧嘩を売るな、といわんばかりの言い方だ。
「蜘蛛は、盗む為の殺しをする。生き延びるための手段を問わない。蜘蛛が盗みをしている時、命をかけている時には、その場に居合わせないことだ。」
コーヒーカップはいつの間にか飲み干されていて、クロロの手からソーサーに収まっていた。
「パクノダのために泣いてくれて、ありがとう。これはお前の聞きたかったことじゃないかもしれないが、俺からのお礼の気持ち、蜘蛛の情報と、アドバイスだ。別に隠しているわけでもないんだが、あんまり認知されてなくってな。もし既に知っていたのなら、今度は別の話をしよう。」
「……泣いていない上に、架空の恩義のお礼を押し付けられてもな」
「え、すっごい泣いてたじゃん、ついさっき」
「ハァ?」
思い当たる節が全くなくて、クラピカは盛大に眉を顰めた。なんの幻を見ているのだ、やっぱりコイツはどこかオカシイんじゃないのか?とクラピカが思った時「自覚ないのか、なら気をつけな」とクロロは自分の頰をつついて、クラピカに自分で自分の頰を触るように促した。
雑に自分の頰に触れてみると、そこは確かに、いつのまにか濡れていた。
「まあ、端から見たら、殺されるんじゃないかって顔してる時だから、気づかれないかもな。俺もその顔された時はどうやって逃げようか、真剣に考えてたし。」
「……あのときは、怒っていたのだ。」
「俺はね、怒りと涙ってコインの表裏一体だって思ってる。だからどっちでもいい。試しにやってごらん。怒りを我慢すると涙が出てくる。涙を堪えると怒りが湧いてくる」
ぺっと、灰色の柔らかい正方形が、クラピカの手の甲に乗せられた。
「クラピカが泣いてくれたお陰で、俺が泣かずに済んだよ、本当にありがとう。たださ、自分の仇かもしれない奴ために、あんなに泣けるのは、……なんだかな、どうなんだろう?損な性格してるって言われないか?」
いや、このハンカチはいらない。
と突き返そうとしたときには、クロロはもういなかった。
盗賊のくせに律義に置いて行った2000ジェニー紙幣と、押し付けられたハンカチを手にとったクラピカは、溜息をついた。
結局、クラピカの一番知りたいことは、まだ聞けていない。