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昼下がりの浮世絵町。日差しの届かない細い路地に、妖気がゆらりと漂っていた。
ゆらが学校へ行っている間、樹は無意識に町を歩き回っていた。
「……落ち着かへん」
どこか所在なく歩きながらも、妖気の揺らぎに目を凝らす。
その時だった。
雑踏の中に――一人だけ、妙に気配の乱れている子供がいた。
人の姿。
だが、樹の目にはすぐに分かった。
――妖怪や。
互いの視線がぶつかる。
息が詰まるような数秒。
「……」
「……何?」
無表情に見えるけど、瞳の奥が鋭い。
その子――レンは、樹を睨みつけるように見返してきた。
「人の顔をジロジロ見て……気持ち悪い」
「……ごめん。でも……お前、妖怪やろ」
小さな声だったが、確信を込めた言葉。
その瞬間、レンの表情がぴくりと揺れた。
「……っ。だから何? 別にあんたに関係ない」
突っぱねるように言い放ち、そのまま背を向けて雑踏に紛れていった。
追おうとは思わなかった。
けれど、心臓の鼓動だけはやけに速い。
(また……会いそうな気がする)
⸻
その夜。
畳の上に教科書を広げていたゆらが、顔を上げる。
「兄さん、どこ行っとったん?」
「ちょっと、散歩」
樹は縁側に座り、夜風を受けながらぽつりと話す。
「……今日、変わった妖怪を見た」
「変わった?」ゆらの眉がぴくりと動く。
「人を襲う気なんかなかった。むしろ……人を助けてた」
一瞬の沈黙。
次いで、ゆらの表情が険しくなる。
「……兄さん、騙されとるんや。妖怪は妖怪や。どんな顔してても、どんな行動してても、根っこは悪」
「……そうなんかな」
「そうや! 本家の人らも、竜兄も言っとったやろ」
樹はゆらの言葉に反論せず、ただ視線を落とす。
けれど、口元からこぼれた。
「……でも、俺は……あいつを斬りたくない」
その声はあまりに小さく、ゆらには届かなかったかもしれない。
けれど、樹の胸の奥にははっきりと残った。
⸻
翌日。
人々で賑わう通り。
そこから少し離れた空き地で、喧騒が響いていた。
「この馬鹿牛!」
「なんだとこの馬!」
じゃれ合うように取っ組み合う二人――牛頭丸と馬頭丸。
その中心で笑っていたのは、昨日の子。
「……やっぱり、あの子や」
樹の気配に気づいたレンが振り返った。
「あんた……昨日の奴か」
すぐさま牛頭丸と馬頭丸が警戒の色を見せる。
「誰だお前!」「人間やんけ!」
樹は動じず、ただ静かに見ていた。
その様子にレンが手を伸ばして二人を制す。
「やめろ。こいつは……昨日、私に何もしなかった」
「何もしなかったからって信用できるかよ!」
牛頭丸の反発を無視して、レンは一歩近づく。
「……あんた、名前は?」
「……花開院、樹」
「ふーん。私はレン」
その口調はまだ冷たい。
けれど、その瞳には昨日にはなかった“興味”が混じっていた。
――敵でも、味方でもない。
ただの「出会い」。
それが、二人の関係の始まりだった。