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三層の影は、音を飲み込む。黒い外套のような塊が、ゆっくりと形を取る。目はないが、視線は確かにこちらを捉えている。空気が押し返されるように重い。
「行く」
「行くよ、灼」
「うん」
灼は短く言って、炎を纏った。声は震えているが、そこに揺るがない意志がある。炎が影に触れると、影は一瞬だけひるむ。だが吸収は止まらない。影は炎を取り込み、より大きく、より鈍い塊になる。
「膝、大丈夫?」
「痛いけど、耐えられるから大丈夫…」
「無理するなって言ったのに」
「言われても、止まれない…止まれないの」
膝に走った痛みは、ただの肉体の痛みではなかった。それは、限界を知らせる鐘のように、体の奥で鳴った。灼は踏ん張る。血が床に赤い線を描く。
「灼、下がって!」
「いや、ここで止める」
「式神、前に出ろ」
「回復を!!」
凛ちゃんが駆け寄り、光を差し込む。僕は式神を前に出して敵の注意を引きつける。式神の輪郭が揺れ、影に引かれそうになる。凛ちゃんの光がそれを繋ぎ止める。
「ごめん」
「違う。灼がいたからここまで来れた」
「本当に?」
「本当だ」
「ありがとう」
「行くよ、最後まで」
中ボスは、影を喰らう音を立てて崩れた。黒い霧が散り、空気が少しだけ軽くなる。だが灼の足はもう、完全ではない。包帯と光の応急処置で動けるが、力は落ちている。四層はそれを容赦なく試す。
四層は狭く、迷路のように折れ曲がる。群れが待ち構え、Bランクの魔物が襲いかかる。灼の火力が落ちると、僕らは一瞬で押し戻される。凛ちゃんの光が何度も砕け、僕の式神が何度も回収される。息が切れ、詠唱が途切れそうになる。
「もう無理かも」
「頑張って」
「まだだ、まだできる」
「でも、足が」
「支えるよ、僕が」
「私も」
外では、政府の装備支援の話が流れていた。補助金、装備強化、動員命令。ニュースキャスターの声が、遠くで興奮と不安を混ぜている。街は国家の対応を待ち、僕らは自分たちの手で道を切り開くしかなかった。
「ここで諦める?」
「諦めない」
「一緒に行く」
「うん、一緒に」
「行くよ」
「行こう」
「最後まで」
「絶対に」
短い言葉が、互いの背中を押す。
扉には古代文字が刻まれ、三つの紋章が浮かんでいる。炎、光、影。個別の魔力では反応しない。三つを同時に、同じリズムで流し込む必要がある。灼の魔力は乱れている。扉は静かに、しかし確固たる意志で閉ざされている。
「どうする?」
「三人でやるしかない」
「でも、私の魔力が」
「大丈夫、重ねればいい」
「手を重ねよう」
灼は膝を抱え、痛みと自己嫌悪に押し潰されそうだ。凛ちゃんがそっと近づき、彼女の手を取る。僕もその手に重ねる。三人の手が重なった瞬間、微かな共鳴が起きる。個別の魔力は不安定でも、重なり合えば安定する。
「三人で来たんだ」
「三人で開けるんだよ」
「うん、行く」
「行こう」
三人は同時に魔力を流し込む。炎、光、影が交差し、扉はゆっくりと震え、古代文字が光を放った。石の扉が軋み、亀裂が走る。最後に大きな音を立てて、扉は開いた。
扉の向こうからは、圧倒的な魔力が吹き出した。Aランクの気配。空気が一瞬で冷たくなり、影が深く沈む。外の世界のサイレンが、ここまで届く。テレビカメラの赤いランプが、扉の向こうを映し続ける。
「行こう」
「行くよ」
「準備はいい?」
「いつでも」
「一緒に」
「一緒だ」
僕は短く言った。声は震えているが、決意は揺るがない。灼は膝の痛みを押して立ち上がり、凛ちゃんは光を強める。三人の影が重なり、扉の奥へと歩を進める。暗闇が彼らを飲み込み、次に待つのは決戦の場だった。