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あ、死んだ。
そう思った時にはトラックに撥ねられて身体を強く打ち付け、全身に激しい痛みがユキを襲う。遠のく意識にユキは十五という若さで死ぬのかと漠然と思った。
──死にたくない。
そう強く願って、完全に息絶えた。
ふわふわで肌触りのいい何かの上にいるようで、ユキはくるりと身体を回転させた。ぱちりと目を開けるとそこは三人寝ても余裕がある広いベッドのようなところで寝ていたようで、ユキは何度も瞬いた。
確か、トラックに撥ねられて死んだような気がする。ここは果たしてどこなのだろうか。
むくりと上半身を起こすと、父が王冠を被り豪奢な服を身に纏ってユキに抱きついてきた。
「ああ、よかったシラユキ! 転んで頭を強く打って寝込んでいたから心配したよ! 無事で本当によかった」
姿形、声や性格も父なのに、服装だけがおかしくてユキは頭が追いつかなかった。
「ちょっと待ってお父さん、その恰好どうしたの?」
「お父さんなんて言わないで! いつもみたいにお父様って呼んでよ! もしかして、頭を打ったせいで混乱してる……? 待ってて、医者を呼んでくるから!」
すっ飛んでいった父(?)を視線で追っていると、頭上から凛とした声が届いた。
「あれだけ強く頭を打ちつけたのにピンピンしているなんて、元気な娘ですこと。あの人も心配性ね、まあ、別にいいけれど」
そこには美しい女性、もとい義母がこれまた父同様豪奢な装いをしてユキを見下ろしていた。
「美玲さん? どうしたの、その恰好」
「お母様とお呼び! 全く、いつになったらわたくしのことを母と認めるのかしらね。おまえの産みの母はとうに亡くなっているだろう? いいかい、わたくしが王妃であることを忘れるでないぞ」
それだけ言うと義母はしかめ面をして父と医者を待っているようだった。
それからすぐに戻ってきた父は相変わらずトンチキな姿恰好をしているが、混乱しているユキは頭を強く打ちつけたせいで記憶が飛んでしまっている可能性があると診断された。
命に別状はないと分かり、父は安堵したのか泣いて再び優しく抱きしめてくれた。
おかしい。全てがおかしい。なぜなら、ユキの父は三ヶ月前に事故死で亡くなっているのだから。
若くして亡くなった母のことを忘れられずにいたユキは、新しい母となった美玲のことを認められずギクシャクとした関係が続いており、父亡き後はろくに会話もせず毎日仕事で忙しくしている彼女と会わずに済んでよかったと思ったほどだ。
よくよく見れば、ユキのいる部屋はとんでもない広さで下手すれば戸建ての家より広いかもしれない。
うまく状況が飲み込めないユキは混乱し、父に縋った。
「お父さん、ここどこ!? どうしてお父さんがいるの!? 私、事故で死んじゃったんだよ……!」
泣きじゃくりながらとりとめのない言葉の羅列を並べ、今起きていることをどうにか理解しようとする。
すると、父は困ったように微笑んで、ユキの身に起きたことを話してくれた。
ここはシュタイン城で、ユキは日課となっているプリンセスにあるまじき花の水やりをしていたら、なぜか床に水たまりができておりそこで足を滑らせて頭を打ちつけたそうだ。
よほど強く打ちつけたのか、混乱が治らないと思われているユキは安静にするように医者と父から言われ、大人しくベッドに横になる。
「お父さん……じゃなかった。お父様、私の名前って白井ユキだよね?」
「ん? 響きがおかしいぞ。おまえはシラユキだ。シラユキ姫だよ、私のプリンセス」
私は白井ユキ、ではなくシラユキになっているらしい。どうやら交通事故に遭って不思議な世界に迷い込んでしまったようです。
広い室内で一人になり、このなんともおかしな状況を整理すべく、ズキズキと痛む頭を酷使して今までの出来事や考えられることを導き出した結果、どうやらユキは日本ではなく異世界(?)にやってきたようだった。
亡くなった父が生きているのが元の世界ではないという確かな証拠なのである。父亡き後意地悪になった義母も、父の前では猫を被っているので比較的楽なのでそこは助かっている。
大好きな父が生きているのは嬉しいが、あくまでここは仮の世界。本当の父は三ヶ月前に儚くなっていることを忘れてはいけない。どれだけユキに甘くて優しい夢のようなものを見せていても、現実ではトラックに撥ねられて死んだのだ。
だが、第二の人生が始まったと思うしかない。なぜなら、ユキはシラユキとして生まれ変わってしまったのだから。
たとえ見た目や性格が父と義母に似ていたとしても、全く同じ人ではないからそこだけが気がかりだった。かといって全く知らない人の顔をしていたら、それこそ生きていくのは辛かっただろう。
「あっちの世界ではもう死んじゃったし、こうなったら白井ユキでもシラユキでもなんでも生きてやるんだから!」
この不可思議な世界へ順応すると決めたユキは、大変逞しい性格をしていたのだった。
大事を取って一日休むよう医者と父に言われたので、ユキは言いつけを守りだだっ広いベッドで丸くなりながら深い眠りについた。今はとりあえず身体も頭を休めたい。難しいことは明日になってから考えよう。
翌朝、窓をコツンと叩く音が聞こえてユキは目が覚めた。コツコツと優しく何かがノックするよう音に導かれるように窓辺に寄ると、窓越しには数羽の色とりどりの小鳥が嘴に花を携えていたのだ。小鳥達は窓を開けてと言うようにピヨピヨと鳴く。
ユキは鍵を開けて窓を開けると小鳥達は勢いよく部屋へと入ってきた。テーブルの上に飾ってある花瓶の花を器用に嘴で入れ替えて、新しい花を添えてくれたのだ。カラフルな小鳥達は見て見てと言わんばかりにユキの寝巻きを啄んで花瓶の方へと引っ張る。その様子から、シラユキなる人物は小鳥達と仲がよかったのだと理解した。
「分かった、分かったから! 綺麗な花を摘んできてくれたんだね、ありがとう。今までの私と違うけど、これからも仲良くしてくれる?」
小鳥達は首を傾げるような仕草をしたが、それも一瞬のことで元気よくピヨピヨと鳴き出した。中身が変わっても受け入れてくれたことが存外嬉しくて、ユキは小鳥達に微笑んだ。
「ありがとう。私はユキだよ、改めてよろしくね」
小鳥達はピイと軽やかに鳴き、ユキを囲うようにして飛び回った。
小鳥達と戯れていると、遠くから私室をノックする音が聞こえた。
「はーい、どなた?」
「おはようございます、シラユキ姫様。お着替えのお時間でございます」
忘れていたが、ユキは王女シラユキ姫としてこの世界で成り代わって(?)いたのだった。
ユキは「どうぞ」と侍女の入室を促して朝の着替えをしてもらい、ぎゅうぎゅうと締め付けられるコルセットに息苦しさを感じるが、これもシラユキとして生きていくためには必要なことだと受け入れた。ユキは逞しいだけではなく、順応性も高いのだ。
食事は大広間で父達と摂ることが決まっているらしく、しずしずとした侍女を見よう見まねでそれに倣いお姫様としての振る舞いをしなければならないと心に決めた。
ドレスはワンピースと違って堅苦しいが、幼い頃に憧れていたお姫様になれたことがユキをその気にさせたのだった。
大広間に着くと両親は既に席に着いていたようで、どうやら待たせてしまったらしい。詫びの言葉を告げると父は「よいよい、昨日の今日だし無理せずゆっくりすればよいのだ」とお咎めなしだったのたが、義母は「あまり甘やかしてはいけませんよ、シラユキのためになりません」と父を諌めていた。
余計なこと言いやがってこのクソババアと内心舌を出したユキは、小さく頭を垂れて「申し訳ありませんでした」と謝罪をした。
それに満足した義母は「分かればよいのです」と言って、食事が始まった。
プリンセスのスケジュールは分刻みで決まっており、勉強や音楽、ダンスなど学ぶことが多く初っ端から出鼻をくじかれたユキは、秘策を取ることにした。
それは、『頭を強く打ちつけたことによる一部の記憶障害』設定を貫くことにしたのだ。
こういう異世界転生(?)ものは大体がチートを持っているのだが、ユキにはそれらがなかったため、ゼロからこの世界を学ばなければならなかった。
昨日はのんびりとしていたが、よくよく考えるとこの世界のことを何も知らないユキはこのままではまずいとようやく気づいたのである。
一日のハードスケジュールをこなしたユキはそれはもう頭がパンクしそうになり、ぷしゅうと力が抜けてだらしなくベッドに横たわった。
生きていくには勉強あるのみ!