テラーノベル
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――街には、人の気配が戻ってきた。
静かに、だが確実に。魔物に対抗しよう、という空気が生まれてきた。
魔物に対応すべき騎士団が、ようやく動き始めたこと。
騎士団と冒険者たちが、上手く連携を取り始めたこと。
この街を治める男爵にドウェインが掛け合い、緊急予算を出させたこと。
……今まではカーティスが自主的に行っていた物流が、ここに来て、公的な支援として動き始めていた。
「――まったく、アイツは……。
ケツを叩かないと、まるで動かないんですから」
「ふふっ。あなたからの言葉、ずいぶんと効いたみたいですからねぇ」
街の中、魔物から少し離れた食堂の店先では、炊き出しが始まっていた。
家を無くした者もいるし、冒険者のお腹も満たさなければいけない。
そんな需要を見越して、カーティスが以前から準備を進めていたのだ。
「……ところでアリアさん、お味はいかがですか?」
「美味しいですよーっ。いや、材料は値ごろなものを使っていると思うんですが、下ごしらえが完璧ですね!
ほら、これなんてトロトロで!」
「ははは。しっかり食べておいてくださいね」
「はい、ありがたく! ……ああ、あたしはお金を払いますからね」
「気にしないでも良いのですが、それがお望みなら是非」
そんな会話をしていると、そこにドウェインがやって来た。
魔物の確認と、それに加えて街中の視察……といったところだろう。
ドウェインが食堂の列に向かう途中、カーティスと真正面から鉢合わせた。
……かつての親友。今は立場を違えている関係。
緊張感が走ったが、しばらくの無言のあと、ふたりはすれ違っていくだけだった。
「――おい、小娘」
「あれ、あたしには話し掛けるんですか? えへへ、こんにちは」
「……相変わらずだな。だが、世話になった。一応、礼だけは言っておく」
「お礼なら、お菓子1か月分でいいですよ~♪」
「ふんっ。魔物の件が片付いたら、いくらでもくれてやるさ」
それだけ言うと、ドウェインは食堂の主としばらく話をして、そのまま去っていった。
「ふふっ、男の子ですねぇ。……不器用、なのかな?」
「ああ。あいつは不器用なのさ……」
昔に戻ったような、カーティスの言葉。
アリアに向けられたものではなく、今は遠い、親友に宛てられたものだったのだろう。
アリアが食べ終わると、カーティスと街を歩くことになった。
そこに、レイラの明るい声が飛んでくる。
「アリア様~っ!」
「あ、おかえり。何か問題とか、あったかな?」
「怪我人がいたので、何度か教会に連れて行ったのと……。あとはそこで、少しだけお手伝いを。
……ああ、そうだ。瓦礫の下に、大切なものが埋まってしまったって人がいまして……。それを探すお手伝いもしました!」
「結構、いろいろやってくれたんだね。
思い出っていうのは、命が掛かってるってわけじゃないけど……大切なものだもんね」
「はい、思い出は大切なものです! ……それで、アリア様は思い出して頂けましたか?」
「え? もしかして、前世……のこと?
いやぁ、そういうのは覚えてないからなぁ……」
「私が――遠い記憶ですが、私が覚えていますよ!」
「えぇっと……、まぁ……。今はいろいろ大変だから、その話は後にしよう?」
アリアとしては、一生あとにして欲しかった。
そもそもレイラのその記憶は、少なからず『異能の天球儀』が影響したもので、信憑性もまるで無いのだ。
暇であれば想像を膨らませるのも楽しいかもしれないが、今はそれどころではない。
「おーい、レイラーっ!」
「冒険者ギルドで依頼をもらってきたから、行こうよーっ!」
「あ、はい!」
遠くの方から、若い男女がレイラに声を掛けた。
ぎこちないながらも笑顔を見せるレイラに、アリアは微笑ましくなってしまう。
「……新しい仲間、見つけたんだね」
「はいっ! アリア様のおかげで、少しだけ自信が持てるようになって……。
だから、もっともっと! 私はアリア様に、相応しい人間にならないとな……って!」
「えぇ……。
あのさ、そもそも……その前世とやらで、あたしとレイラはどういう関係だったの?」
「ずっと、アリア様を見ていました。まだ詳しくは思い出せませんが、あのときの気持ちは変わらずに――
……ふへへっ♪ 時間が出来たら、またすぐに会いに来ますね!」
そう言うと、レイラは彼女の仲間の元に走っていった。
「前世の記憶、ですか……。もしかして、禁断の恋……みたいな?」
「ちょっと……。カーティスさんまで、変なことを言わないでくださいよ……」
……真実は闇の中。知らぬ過去も闇の中。
今となっては確認のしようが無いし、そもそも確認する必要があるのかすら分からない。
アリア自身は興味が無かったため、問題はレイラを今後どう扱うか……そこだけ、小さな悩みの種になっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――アリアは一旦、拠点にしている建物に戻った。
以前よりも人の気配が減ったせいか、少し寂しく感じられる。
「おう、アリア! 戻ってきたんだな」
「情報屋も、おかえりなさい。どこに行ってたの?」
「俺は情報屋だからな! もちろん情報を集めてきたぞ!」
「おぉー。あなたの情報、たまに役に立つんだよねぇ」
「たまに?」
「うん、たまに」
「……見返してやる!」
ザインは素直に、もっと良い情報を持ってこようと思った。
実際のところ、意味不明に神出鬼没なアリアを驚かせることは、密かな楽しみになりつつもあった。
「ふふっ、期待してるよ。それで?」
「まぁ、いろいろあるんだが――」
ザインは街で集めた情報を、アリアに順序よく伝えた。
たまに良さそうな情報があると、アリアからは飴玉の報酬が出た。
「――それで、最後に……特大の情報なんだけど」
「えーっ!? そういうの、最初に教えてよ!」
「俺は、美味しいものは最後に食べる派なんだ!」
「あたしはちょびちょび食べる派だよ!」
「気が合わないな!
それで、これは騎士団からの情報なんだが……。牢獄の下に、巨大な地下空間があるらしい」
「……地下空間? 洞窟とかの……自然物?」
「いや。どうやら昔の街の建造物らしいんだが……」
「……昔の、街?
えぇっと、この辺りは歴史的には――……。
地理学的には――……。
それ以外には――……」
ザインの前で、考えを巡らせるアリア。
1分ほど経ったところで、一息ついてから話を続ける。
「――たぶん、ロマンあふれる展開……みたいなのは無いね! 今回の魔物とは無関係!」
「ええ!? 騎士団では、人手を割いて調査をしてるんだぞ?」
「調査をしたからって、因果ができるわけじゃないからねぇ……。
……でもまぁ、あの魔物がそこを利用する可能性は……あるかもね」
「んー? と、いうと?」
「例えば……攻撃を受けて地上で追い詰められたら、地下に逃げ込んじゃう……とか」
「それならそれで、良いんじゃないか? 地上には平和が戻るわけだし」
「いやいや。やっぱり、ちゃんと討伐しないとダメだよ。地下に潜られたら、そのあと何をするか分かったものじゃないから。
……最悪、油断したときに地上に戻ってくるかもしれないし」
「まぁ、確かに。
それにしても、あんな魔物をどうやって倒すんだろうなぁ……」
あの魔物は瓦礫を自分の身体にしているため、刃の類が通らない。
そのため今は、騎士団と冒険者の連合が試行錯誤をしているところだ。
鈍器での物理攻撃や、魔法攻撃。その他、爆発物での攻撃など……。
多少なりともダメージが入ることは確認されたが、それにしても、それだけではキリがない。
「戦略級の魔法が使えれば良いんだけどねぇ」
『戦略級』とは、街ごと破壊をするとか、大量の人間を虐殺するとか、戦争で扱うようなレベルのものを指す。
基本的には国が厳密に管理しているため、おいそれと出番がまわってくるものではない。
「そりゃ、そんなものを使えばあの魔物は倒せるだろうが……。
そうしたら、この街も消し飛んでしまうなぁ」
「そうなんだよねぇ」
全てが完全に消え去る……ということはないだろうが、少なくとも、人が寄り付かない土地にはなりそうだ。
「――それで、アリア的にはどうなんだ? 魔物を倒す方法はあるのか?」
「んー……。どうだろうねぇ。
今のところ、少しずつダメージを与える……消耗戦しか、思い浮かばないかなぁ」
「やっぱりそうだよなぁ。どれくらい時間が掛かるのかは不安なところだが……」
「……ただ、気になるところはあるんだよね。
今後一斉に攻撃をする……って話もあるから、それに便乗して――」
「――なぁ、アリア」
ふと、ザインは真面目な顔でアリアに話し掛けた。
突然の落差に、アリアも不思議そうに答える。
「ん? 急に、どうしたの?」
「そういえばお前って、異能を持ってるんだよな。
『対象化拒否』……って言ったっけ? 今までも、何故かお前に手を出せないことがあったけど……」
「あはは、便利でしょう?」
「握手、したいんだが」
そう言いながら、ザインは右手を出した。
アリアは引き続き、不思議そうな表情を浮かべる。
「突然、なぁに? まぁ、別にいいけど――」
アリアはザインの手を掴みにいった。しかしアリアの手を、ザインは避けてしまう。
「……俺から、お前の手を握ることって出来る?」
「まぁ、調整できる異能だから可能だけど……」
アリアは辺りを少しきょろきょろしてから、ザインに軽く手を出した。
ザインはその手を、そっと握る。
「――安心したよ。ちゃんと握れるんだな」
ザインはその手を、まじまじと見つめる。
「俺は、お前の手を取れるんだ。だから、困ったときはちゃんと手を伸ばすんだぞ」
「あ……。ちょ、ちょっと!?」
アリアの言葉を待たずに、ザインはその場を走り去っていった。
アリアは珍しく、その場で呆けてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――夜。宿屋の自室で、アリアは考え事をしていた。
そろそろ、あの魔物を何とかしなければいけない……。
倒すことはなかなかに難しい……。
……しかし、その前に、どうしても決めなければいけないことがある。
――”選別”。
『アレ』が役に立つのか、どうなのか。自分には果たして、必要なものなのか……。
アリアは自分の手を、そっと眺めた。
困ったときは――……か。
「そんなこと、言われたのはいつぶりかな……」
アリアはそう呟いてから、テーブルに身体を預けて、再び自分の思考に戻っていった。
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