テラーノベル
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――決戦の日は、割と早くにやってきた。
魔物の中心部……かつて牢獄だった場所を中心に、地盤沈下がいくつも発生したのだ。
場所によってはかなり大きな穴が空いており、20メートルほどの深さで闇が覗いている。
「魔物の触手も、穴に落ちてるところがあるねぇ」
「でも、結局は何も変わらなくない? あの魔物、そもそも動いてないし」
確かに魔物の被害は広がっているが、それは魔物自体が大きくなっているためだ。
だから穴に落ちて動けなくなろうが、実際の影響は無いだろう。
アリアたちが遠くの建物から魔物を眺めていると、騎士団が何かを運び、複数の場所で組み立てていた。
あれは――
「おっと、攻城兵器か。
しばらく動きがなかったのは、アレを準備していたせいか?」
攻城兵器とは、城などの巨大建造物を攻める際に使う兵器である。
巨大な矢を射ることのできるバリスタ、巨大な石を放物線で投擲する投石機が主力のようだ。
「人間が持てるサイズの武器じゃ、ろくにダメージが入らないからね」
物理的な攻撃としては、やはり攻城兵器が理想的なのだろう。
爆薬という手もあるにはあるが、関係のない場所にまで被害を出す可能性がある。
それに、大量の爆薬を準備するのもなかなか大変だ。
それ以外の手段としては、魔法使いによる魔法……というものもある。
しかし残念ながら、この街に来ている魔法使い自体、人数が少なかった。
実のところ、アリアも裏で魔法使いの何人かに祝福を与えていたが、役に立つような結果にはならなかった。
……むしろ、魔法使いの数を減らす結果になっていた。
「――ああ、そうだ。ドウェインには話しておいたからな」
「え? 何を?」
「お前、地下空間に行くんだろう?
だからさ、騎士団が攻撃を始めると同時に、地下空間に向かう……ってな」
「ふむふむ。また、勝手なことを」
「いやいや。お前が地下で何かをやらかしたら、地上で攻撃しているやつらが困るからな?」
「あー、確かに。さすが情報屋、いい仕事してるねぇ!」
アリアの言葉に、ザインは微妙な顔をした。
そして、アリアを直視せずに、少し拗ねたように言う。
「……あのさぁ。何でお前、俺のこと名前で呼んでくれないの?」
「え?」
突然の質問に、アリアは一瞬考えた。そして、静かに答えを口にする。
「……だって。名前、知らないし」
「え……。え? ええええぇー!? うそォ!?」
「今まで、名乗られたことがないよ?
だから情報屋って仕事は、そういうものかなーと思って」
「んなわけあるかーっ!!」
ザインは大声でツッコんだ。
彼の人生で、最高のツッコミだった。
「おぅおぅ……。いつもより、キレのある……」
「この際、ちゃんと伝えておくぞ!
いいか、よく聞け。俺の名前はなぁ――」
――その瞬間、地面が大きく揺れた。
「あっ、騎士団の攻撃が始まったね。……多分、地下空間には人を配置してないよね?」
「そ……そうだな。
騎士団が調査で下りるときに使った穴があるからさ。俺が案内してやるよ」
「あたし、そこら辺の穴からでも入れるよ?」
「俺が入れないの!」
ああ、なるほど……と、アリアは思った。
今までは自分ひとりで動いていたから、どうにもこういう考慮は苦手だ。
「それじゃ、案内して!」
「おう、走るぞ!ちゃんと付いてこいよ!」
ザインとアリアは、地下空間に下りるべく走り始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ちゃんと付いてきてよ!!」
「走るの速ぇよ!!」
ザインは息を切らせながら、地下空間に続く格子の鍵を開けた。
アリアを見てみれば、息のひとつも切らしていない。
「……体力も、凄いんだなぁ」
「純粋な体力じゃないから、自慢はできないけどね」
そう言いながら、アリアはどんどん先に進む。
ザインは慌てて、それを追う。
まずは浅い穴を下りて、横穴を抜けて……そして、下に向かう大きな穴に入っていく。
上から地面が落ちてこないかと心配になるが、岩や壁に生えているコケが年月を感じさせ、崩れやしないと言っている。
アリアたちは松明に火を点けて持ってきていたが、もう少し先に進んでみると――
……明るかった。
頭上にある天井の何か所かが崩れており、そこから光が射し込んでいるようだった。
光で照らされているのは、大昔のもの……と思われる建物だ。
概ね崩れてはいるが、地下空間は広く、昔あった街が丸ごと閉じ込められているようにも見える。
「はぁ、すげぇなぁ」
「詫び寂びだねぇ。
……まぁ、偉大な古代文明! って感じではないね。残念だね」
「見知らぬ文明だったら、もっとこう……。しかし、これはこれで凄いと思うぞ?」
周囲の様子を見ながら歩いていると、天井の穴から、魔物の触手が下がってきているのを見つけた。
遥か上の方では、微かに戦いの音が聞こえてくる。
その触手も、たまにぴくり、ぴくりと動いている。
反面、穴からは瓦礫や砂埃が落ちてきて……光の中に影を描くのが、とても美しく見えた。
「――はぁ。結局、あの魔物は倒せるのかね? さっくり倒しちまう方法は、やっぱり無いかな?」
「あたしは魔物の中心部、みたいなのを探したいんだよね。
……結局この魔物って、ギデオンとヴィクトリアがこうなったわけでしょう?」
「ふむ……。それなら、牢獄の真下まで行けばいいのかな。方角的には向こうだから、行ってみようぜ」
「しっかり付いてきてね!」
「走るなよ! お前は小走りで来いよ!」
「はいはい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――何で小走りに、俺の本気走りが負けるんだ……」
「あはは。純粋な脚力じゃないから、あんまり気にしないでって。
それよりも、これ――」
牢獄の真下に到着すると、今までになかったものを見つけた。
天井の大きな穴から、他の触手よりも太いものが下りてきていて……そこで巨大な塊を作っている。
「お、おう……。気味が悪いな……」
「本当だねぇ」
その塊は、地上の姿や他の触手とは異なり、瓦礫をほとんど取り込んでいなかった。
汚れた乳白色の表面は滑らかで、横にも縦にもかなり大きく、形状も歪だった。
「燃やしてみる?」
「早速の残酷な提案!!」
「冗談だよぉ♪ あたしは、この魔物の中心を探したいんだよね。
多分、あるとすればこの塊くらいだよね? この大きな塊のどこかが中心……、つまり頭みたいなものってわけ」
「うーん。さすがのお前でも、判断方法は無さそうだな。
……よし。困ったときは、聞いてみることにしようぜ!」
「え? 誰に?」
「そりゃ、もちろん本人にさ」
アリアが言葉を失っていると、ザインは魔物の塊に少しだけ近寄った。
そして大きな声で呼びかける。
「おーい、ギデオンさーん!! 聞こえてますかー!?」
「いやいや、さすがにそれは――」
「……うぐ……? この声……誰か、いるのかァ……?」
どこからともなく、ギデオンの苦しそうな声が聞こえてきた。
ザインは笑みを浮かべ、アリアは目を丸くしている。
「ほら見ろ! 世の中、計算だけじゃ上手くいかないんだよ!!」
「えぇ……。でも……いやぁ、正直見直しちゃったよ……」
「この声……。兄ちゃんと、嬢ちゃんかァ……?
俺は……? ああ、動けない――」
心なしか、魔物の塊がもぞもぞしたような気がした。
「――うぐっ!? 身体中に痛みが走るゥ……。俺は……一体、どうなった……?
空は見えるのに、お前たちのことは全然見えん……」
「あなたはヴィクトリアと一緒に、魔物になりました。『異能の天球儀』の暴発だと思います」
「……何てこった。くそ……、あんなものを手に入れなければァ……。――痛ッ!?
ああ……、身体が勝手に動く……。だが、……うぐぁッ!?」
「意識もあり、感覚もある。でも、コントロールは効かない……」
アリアはギデオンの現状を分析した。
地下では何もしていないが、地上では騎士団や冒険者たちから攻撃を受けているはずだ。
「……そういえば、ギデオンさん。ヴィクトリアはどうなったんですか?」
「んあぁ……? い、意識がァ――」
アリアの問い掛けに、ギデオンの声が小さくなっていく。
その代わりに、別の声が喋りかけてきた。
「――ヒヒヒ? そこに、誰かいるの……?
ここはアタシと、ギデオンだけの、ふたりの世界……。アタシはずっと、このヒトと暮らしていくのよぉ……」
「お、お前……? 俺は、そんなことは望んじゃァ――……」
「ギデオンさん!? ギデオンさーんッ!!」
ギデオンの声は途中で、まったく聞こえなくなってしまった。
ザインの呼び掛けは虚しく響き、徐々に消えていく。
それを上書くように、ヴィクトリアは歓喜の叫びを地下空洞に満たしていった。
「ヒャハハッ! アタシにはギデオンさえいれば、それでイイ……!!
だからこんな街、アタシが滅ぼしてあげるのオオォォオッ!!!!」
「……そう、わかったわ。この魔物を動かしているのは、全部あなたなのね。
異端。人々を恐怖に陥れるあなたを、オルビス教の異端と認めます」
「な……? この光はァ――……
――うぐぁアアァッ!?」
魔物の視界は複数あるものの……そのひとつは強力な白に焼かれ、次の瞬間、闇が訪れた。
魔物は他の視界を作り出して確認する。
そこにいたのは、先ほどまでとは明らかに雰囲気の違う少女だった。
黒いローブに黒い帽子、黒い靴。金色と赤色の刺繡や装飾が沈むように施されたデザイン――
「――異端諮問局、特務裁定官。
アストリア・S・ノクスの名において、私がお前に終わりを告げる」
「え、えぇ!? アリア、お前――」
アリアは杖を構えて、ヴィクトリアの声が聞こえた辺りに向かって走る。
途中、乳白色の塊から分岐した細く鋭い触手が襲い掛かるが、アリアは難なく避けていく。
「……単調な攻撃ね。当たる気もしないわ」
「あれ!? お前、異能は!?」
アリアは自身の異能を解除していた。
魔物の本体がピンポイントで分からない今、攻撃の動きから、ある程度の推測を行おうとしたのだ。
向こうの攻撃の練度は高くない。激しく暴れられる前に、今は防御よりも時間を最優先にして――
一瞬、魔物の塊が大きく震えた。アリアの攻撃が無かった瞬間。地上での攻撃が原因……?
アリアの目は、塊の中に生まれた大きな違和感を見逃すことは無かった。
「本体は――そこか!!」
「グギャアアアァッ!!!?」
アリアが杖を突き立てると、今までとは違った叫びが響き渡った。
苦悶の色が滲みだし、塊全体が震えているような気もする。
「……な、何よォ……! 来ないでよォ!? アタシはずっと、このヒトと一緒にいるの!!
愛しているのよ……!? だからアタシたちは、ずっと一緒なのォ……!! もう、アタシたちを離すことなんてェエエエ――ッ!!!!」
「――ならば絆を引き裂こう。
汝は神に身を委ね、静謐なる孤独に還るべし――」
アリアは詠唱した。跳躍した。
そして魔物に向かって杖を振るうと、ばっさりと、鋭い断面が姿を見せた。
「ギャッ、ギャアアアアアアアッ!!!?」
一閃、二閃。三閃、四閃。
淀みなく走る杖の斬撃は、魔物を細かく斬り飛ばして――最後にひとつ、塊を残した。
その塊は地面に転がり、口のような部位から言葉を発する。
「ウゴァ……。な、何で……。アタシの、しあわせの邪魔ァ、……する……のよォ……?」
「他のしあわせを、邪魔したからよ」
アリアが杖を地面に突き下ろすと、その塊は弾けて散った。
そして彼女の眼差しは……ギデオンの意識が残った魔物の身体に、真っすぐと向けられた。
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