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俺がそう言ってもなお碧は笑顔のままだった。
「嫌だね、キミはこれからずっと俺のものなんだから」
碧はそう言って俺を抱きしめる。
「っ……」
俺は抵抗できずそのまま抱き締められたままだった。
碧の腕の中で、俺の体は硬直していた。
この男の腕力は見た目以上に強く、逃れようとすればするほど、抱擁はさらに深まる。
俺の耳元で、碧の穏やかな声が響いた。
「遼くん、そんなに嫌がらないでよ。俺は君のことが好きなんだから」
その言葉は、まるで熱い烙印のように俺の心に焼き付いた。
好き?
この状況で、一体何を言っているんだ。
俺は、お前を殺しに来たスパイだってのに
そんな関係に、「好き」などという感情が入り込む余地があるわけがない。
「黙れっ……気色悪いこと言ってんじゃねぇ……」
俺は絞り出すようにそう呟いたが、碧は気にする様子もなく、俺の髪を優しく撫でた。
その指先が触れるたびに、背筋にぞわりと悪寒が走る。
「可愛いなぁ、遼くんは。そんなにツンツンしてると、もっといじめたくなっちゃうなぁ」
碧の言葉に、俺は全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。
この男の「いじめたくなる」が何を意味するか
昨夜の出来事で嫌というほど思い知らされている。
屈辱と恐怖で、俺の体は震えが止まらない。
「離せっ!離せよ、この変態野郎!」
俺は必死に叫んだが、碧はただ楽しそうに笑うだけだった。
その笑顔は、俺の絶望をさらに深める。
「大丈夫だよ。俺は君を傷つけたりしない。ただ、ずっと俺のそばにいてほしいだけなんだ」
碧はそう言うと、俺の首筋に顔を埋め
深く息を吸い込んだ。
その吐息が、俺の肌を熱くする。
「……っ!」
俺は身を捩って抵抗しようとしたが、碧の腕はびくともしない。
完全に捕らえられている。
この男から逃れる術は、もうどこにもないのだろうか。
それから数日、俺の生活は一変した
奴隷のように扱われる地獄の日々を覚悟していた俺の予想とは裏腹に
碧は俺を「ペット」と称し、異常なまでに甘やかしてきた。
朝は決まって碧が作った豪華な朝食で始まり、昼間は彼の監視の下、部屋で過ごす。
夜は一緒に夕食をとり、そして同じベッドで眠る。
その間も、俺は碧を殺すことを諦めてはいなかった。
何度か、彼の飲み物や食べ物に睡眠薬や毒を仕込もうと試みた。
しかし、その全てが空回りに終わった。
ある日の昼下がり、碧が淹れてくれたコーヒーに、隠し持っていたカプセル型の睡眠薬を忍ばせようとした時だった。
「遼くん、何してるの?」
背後から碧の優しい声が聞こえ、俺は心臓が飛び跳ねるほど驚いた。
振り返ると、碧は腕を組み、にこやかに俺を見つめていた。
その手には、俺がコーヒーに入れようとしていたのと同じカプセルが握られている。
「……っ!」
俺は言葉を失った。
いつの間に、どこで……
「これ、遼くんのポケットから落ちてたよ? 大事なものかな?」
碧はそう言って、俺の顔を覗き込む。
その瞳の奥には、全てを見透かしたような冷たい光が宿っていた。
「な、なんのことだ……」
俺は必死に平静を装ったが、碧はフッと鼻で笑うだけだった。
「また殺そうとしたでしょ? いい子じゃないなぁ、遼くんは」
そう言うと、碧は俺の腕を掴み、あっという間にベッドに押し倒した。
そして、昨日のようにネクタイで両腕を縛られ、頭の上に固定される。
「お仕置きの時間だね」
碧の顔が近づいてくる。俺は恐怖に身を震わせた。
「や、やめろっ!何する気だ!」
「んふふ、何だと思う?」
碧は楽しそうに笑いながら、俺の唇を塞いだ。
抵抗しようともがくが、縛られた腕ではどうすることもできない。
深いキスが、俺の息を奪っていく。
「んっ……んぅっ……やめ……っ!」
唇が離れると、俺は荒い息を吐きながら碧を睨んだ。
「くそっ……変態野郎……!」
「ふふ、その目…本当に好きだよ」
碧は満足そうに微笑むと、俺の耳元で囁いた。
「遼くんのこと、たくさん愛してあげるからね」
そんな生活が、一週間ほど続いた。
俺は碧の監視下で、何度も殺害を試み、その度に失敗し、そして「お仕置き」と称されるキスや抱擁で翻弄された。
碧の完璧な笑顔と、その裏に潜む狂気じみた独占欲に、俺の精神は少しずつ摩耗していく。
そんなある日
俺の携帯に一通のメッセージが届いた。
差出人は、忌まわしき長官だった
【結城、そいつはもういい。新しい司令をやる、それさえ終了すればいつでも辞めていい】
そのメッセージを見た瞬間
俺の心臓は激しく高鳴った。
辞めていい、その5文字が俺の脳裏を駆け巡る。
碧のそばから離れられる。
この異常な生活から解放される。
俺は逸る気持ちを抑えきれず、すぐに本部へ帰還する準備を始めた。
碧は、俺の慌ただしい様子を見て、少し寂しそうな顔をした。
「遼くん、どこか行くの?」
「あ、ああ……ちょっと、用事ができた」
俺は努めて平静を装って答えたが、碧は全てを見透かしたように微笑んだ。
「そう。もしかして、本部に戻るの?」
その言葉に、俺はギクリとした。
やはり、この男には何もかもお見通しなのか。