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帝都は、朝から霞のような霧に包まれていた。
陽は昇っているはずなのに、街はどこか冷たく沈んで見える。
ルシアンは外套の襟を正し、エリアスと並んで中央省庁へと向かっていた。
ここに、エリオットの“罪”の記録が保管されている。
「国家反逆罪――とだけ記されているらしいが、
どんな反逆を犯したのかは、誰も語らない」
エリアスがぼそりと呟く。
「語れない、の間違いかもしれん」
ルシアンは低く返した。
扉の前に立つと、古い金属音とともに記録庫の扉が開いた。
冷たい空気と、紙の乾いた匂いが押し寄せる。
埃をかぶった書類の束の中に、
「帝国騎士団 第七小隊 所属:エリオット・ヴァルデン」と刻まれた記録簿があった。
ルシアンは手袋を外し、慎重にページをめくる。
だが、罪状の詳細欄はすべて黒く塗り潰されていた。
「……消されてる。」
「いや、燃やされた跡だ。」
エリアスが指で紙の端をなぞる。
焦げ跡が指先に灰を残した。
ページの隅に、小さな印章が残っている。
“王命遂行部”――帝国の中でも、
陛下直属の特務組織の印。
「……王の命令だったのか。」
ルシアンの声は低く、硬い。
その響きには、怒りよりも深い失望が混じっていた。
「命令に背いた者は、反逆者として処分せよ――
それが記録の全てだ」
エリアスが淡々と読み上げる。
だが、ルシアンの目はその先を追っていた。
記録の端に、見慣れぬ名前が残っていたのだ。
『第七小隊 随行兵:アレン・コルト、カイル・マルベイン』
「……あの日、森に入った兵士の名だな。」
ルシアンはその名前を胸の奥に刻みつけるように呟いた。
「生きているのか?」
「わからん。記録は途中で途切れている。
だが……何かを隠すように削られている。」
彼は息をひとつ吐き、
焦げた紙を丁寧に閉じた。
窓の外では、霧が薄れ始めていた。
けれど、心の中の靄は晴れない。
ルシアンは思い出す。
あの森の家で見た、無言の少女。
エリオットの亡骸を抱きしめたまま動かなかった、あの姿を。
「……お前が何を守ろうとしていたのか、
俺が確かめなければならない。」
風が記録庫の扉を揺らした。
その音が、まるで“過去が息を吹き返す音”のように響いた。