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「ドラゴン?」
いきなり入ってきた騎士は、息を切らしながらそう言ってブライトを見た。ブライトは、これはただ事ではないと先ほどとはまた違った険しい表情で、今すぐ行きます。とだけ言って部屋を出ていこうとした。
その様子から、私達も緊急事態なのではないかと思い、ブライトを呼び止めてはいけないと思いつつ呼び止めてしまった。
「ブライト、ど、ドラゴンって?」
「……うちで飼育していた小さな飛竜の事です。ドラゴンと言われるものではありますがまだそこまで大きくなく……」
そんな風に何を言っているのかさっぱりな説明をブライトがしていると、突然、ガシャンッ!! と窓硝子の割れる音がした。それからすぐに、ギャアァアッ! と聞いたことのないような声が遠くの方から聞えた。まさか、この屋敷が攻撃されているのではないかと思い、私は身構えてしまう。
ブライトは、怯えている私達を見て、ここは大丈夫ですからと、本当に大丈夫なのかただ安心させるためなのか分からない言葉を私達にかけた。
まあ、魔物がいるんだからドラゴンがいても可笑しくないとは思うが、それにしてもドラゴンを飼育しているとはどういうことなのだろうか。魔法の研究に役立てるため? それとも、飛竜と言っていたから、飛行のためにでも飼育をしているのだろうか。答えは出なかったし、実際見ていないから分からなかったがあの鳴き声を聞くに、相当大きいものだと容易に予想がついた。そんなものを飼っていたのかと思うとゾッとしてしまう。
それよりも、彼が大丈夫と言った言葉が信じられなかった。音は遠くから聞えたものの地震のように酷く建物が揺れたわけだし、騎士が満身創痍と行った感じだったため、私達のいる場所がいつ狙われても可笑しくないと思った。トワイライトはまだ完全には動けないだろうし……そんなことを考えつつ、ブライトを見ると、急いでいるのでと言った風に私を見てきたため、私は手を離した。
「ブライト、行くの?」
「ええ、父上がいない今、侯爵家の騎士団の指揮官は僕ですから。それに、ドラゴンが暴走したとなれば尚更……エトワール様とトワイライト様を無事に聖女殿に返す責任もありますから」
と、彼は細く微笑んだ。
その顔を見て、ああ、彼は覚悟を決めているのだなと、私は思った。きっと、私が思っていることよりもずっと重いものを背負うのだろうと、彼のその笑顔を見て私は確信する。
ブライトは、ではと言って扉に手をかけると、こちらを振り向いて言った。そうして、バタンと扉が閉まって部屋に静寂が訪れる。
「エトワール様、ここもいつ襲撃されるか分からないんですよ!」
「ううん……でも、アルバ。きっとブリリアント家の魔道士達はドラゴンの討伐に行っているだろうし、今ここにいる五人を一気に転移させるなんて、光魔法の魔道士では無理なんじゃないかな?」
それまで黙っていたアルバは、ここにいては危険です。と私に訴えてきたが、私はそうだねと答え、でもどうすることも出来ないことを彼女に伝えた。
リュシオルも硬い表情をしていて、私が言った言葉を飲み込んで、そうだと頷いてくれた。
ブライトは今すぐ返しますとは言わなかった。いや言えなかったのだ。きっとそれは魔道士達が全勢力を上げてドラゴンの討伐……ドラゴンの暴走を止めているからだろう。だから、魔力の消費量が多い転移魔法など使っている余裕がないのだ。きっと、この部屋の周りには防御魔法などが多少はかけられているから、ブライトは大丈夫と言ったのだろう。それも気休めかも知れないが、それでも彼の顔を声、言葉から、ここには絶対に来させませんと意思が感じられた。それは、私も信じている。
だが、ここにずっと居ても危険なことには変わりない。幾ら防御魔法がかけられているとしても、それは魔道士達の魔力が尽きる、若しくは強い衝撃を受ければだんだんそれが弱まってきれてしまうからだ。けれど、ここから逃げても逃げ場はないのではないかと思った。
ドラゴンの規模も分からないし、外がどうなっているかすら今の私達には予想がつかないから。
「で、でも、ほら、アルバが守ってくれるから。安心かなーって」
「そ、それは勿論命を賭けてでもエトワール様をお守りしますよ! しかし、少しでもリスクがあるとなると」
「……なら、ドラゴンを倒しに行くってのは」
「え、エトワール様!?」
何故か自分でも分からないうちにぽろりと零れた言葉は、自分でも信じられないようなものだった。私は、口にしてからアルバの声でハッと気づいた。
自分が、ドラゴンを倒しに行くなど。どこからどんな想像が出てきたのだろうか。
アルバは、ダメです。と私の肩を掴んだ。その力の強さに驚いて彼女の方を見ると、彼女は真剣な目をしていた。その目に圧倒されて、私は何も言えずにいた。
私を守る、危険にさらさない、そんな護衛騎士としての意思が感じられて、私はグッと言葉を飲み込んだ。自分でも馬鹿な事を言った自覚はあるし、それでも、何処かしらに今の私ならブライトの力になれてドラゴンを制圧できるのではないかと心の何処かで思ってしまったのもまた事実だ。どうしてそこまで自分が強くなったと錯覚しているかは分からなかったけれど、あの負の感情の固まりとの戦いや、トワイライトをさらったヘウンデウン教の教徒との戦いで魔法の使い方だったり、もしかしたら自分は強いのではないかと、強くなったのではないかと思ってしまっているのだ。
無意識のうちに、そう言葉が出たように。
私の発言と、アルバの発言でまた場は静まりかえり、暫くの沈黙の後、リュシオルが口を開いた。
「確かに、エトワール様なら……」
「リュシオル?」
彼女の発言に私は目を見開いた。
部屋にいた全員が彼女の方を向いて、その言葉の真意を問うた。すると、リュシオルは私を見つめて言葉を続けた。
リュシオルは、私に視線を合わせると、じっと私を見てきた。その瞳から、私を信じていると訴えてきているような気がして私は思わずグッと固唾を飲み込んだ。
「アルバ様が言うとおり、エトワール様はここで大人しくしてもらうのが一番安全だと思います。アルバ様が護衛騎士としてエトワール様を守らなければ、守りたいという意思も分かります。私も勿論、エトワール様には危険な事に足を突っ込んで欲しくありません。ですが、先ほどのブリリアント卿の様子を見ていると、ドラゴンが暴走した……と言っているようでした。ということは、ドラゴンは誰かに意図的にドラゴンは暴走させられたのではないかと。ヘウンデウン教が、若しくは災厄が原因なら、負の感情によって暴走したドラゴンを浄化できるのは聖女であるエトワール様かトワイライト様だけです」
「そんな確証は――――!」
「勿論ありません。私の推測ですし。それに、今聖女として動けるのはエトワール様です。トワイライト様は昨日のこともありお疲れの様子なので、彼女がいく方がリスクがあります」
「…………」
リュシオルがあまりにたんたんというので、アルバは口を閉じてしまった。きっと彼女は納得してしまったのだろう。そして、アルバ自身も薄々そうなのではないかと気づいていたのではないかと思う。ただ、それを悟られなければ私が動かないと思っていたのだろう。
だが、私はリュシオルの推測、話を聞いてそうなのではないかという確証が深まってしまった。
彼女は勘が鋭い。その彼女の感を全て信用しているわけでも、ただの感を頼りに物事を決めてしまってもあれなのだが、それでも彼女が言った「ドラゴンが負の感情によって暴走してしまった」のなら、聖女である私が行かないわけには行かなかった。勿論、本物の聖女ではないが……
私は、リュシオルと再度目を合わせた。
彼女が、無理に行けといってないことだけは分かったし、私を心配しているけれど、ブライトだけでは……とも思ったのだろう。ここにいても、本当に安全であるわけでもないし、早くドラゴンを倒した方が安心できるだろう。
「私、行くよ」
「エトワール様!」
そう、アルバが私の名前を叫んだ。
私は彼女を宥めながら、大丈夫だからと彼女に言い聞かせる。
まだ少し不安げにしているものの、私の言葉に渋々とだが了承してくれた。
私も本当は怖い。
でも、私しかできないことならば、私が行った方がいいと思ったのだ。
「リュシオル」
「何でしょうか、エトワール様」
「絶対に戻ってくるから」
「……フラグよ、それ」
と、リュシオルは心配そうに私を見た。
私は、リュシオルの手を握って、お願いをした。リュシオルはその手を振り払おうとはしなかった。
「違う、これは勝利のフラグ」
「そう、信じてるわね」
リュシオルは、強く私の手を握り返して私を送り出してくれた。
扉のドアノブに手をかけたとき、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞えて私は足を止めた。
「エトワール様」
「……グランツ」
私を呼び止めたのは、亜麻色の髪の元護衛騎士だった。彼は、翡翠の瞳を激しく揺らして私を見ていた。