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ゆゆゆゆ
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ゆゆゆゆ
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夜明け前だった。
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まだ空は暗い。
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廃墟となった消防署の仮眠室。
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外では風が唸り、どこか遠くでゾンビの声が聞こえる。
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だが。
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エリオットが聞いていたのは。
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そんな音ではなかった。
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「っ!!」
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飛び起きる。
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息が苦しい。
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心臓が暴れている。
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全身が汗で濡れていた。
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夢だった。
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分かっている。
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夢だ。
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ただの悪夢。
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それでも。
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あまりにも鮮明だった。
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暗い路地。
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弾切れ。
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迫るゾンビ。
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伸びる無数の手。
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逃げられない。
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助からない。
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そして。
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喰われる。
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肉を裂かれる感覚まで。
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夢の中では本物だった。
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「はぁ……」
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呼吸が整わない。
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大丈夫。
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今は安全だ。
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セーフハウスだ。
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ピザガイもいる。
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分かっているのに。
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身体が言うことを聞かない。
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その時。
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隣から低い声がした。
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「エリオット」
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寝起きの声。
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「……起こした?」
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「起きた」
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短い返事。
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ピザガイは半分眠ったまま目を開ける。
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「悪夢か」
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「うん」
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嘘をつく意味はなかった。
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ピザガイは数秒黙る。
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それから。
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突然。
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エリオットの腕を掴んだ。
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「え?」
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次の瞬間。
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ぐいっと引っ張られる。
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「わっ!?」
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視界が回る。
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気付けば。
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エリオットはピザガイの上にいた。
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正確には。
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大柄な男の胸から腹にかけて抱え込まれている状態だった。
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「ピザガイ!?」
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「ん」
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「なにこれ」
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「寝ろ」
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「いや状況説明を」
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「寝ろ」
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同じ返事だった。
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大きな腕が背中に回る。
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逃がさないように。
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落ちないように。
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抱え込む。
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エリオットは固まった。
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近い。
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近すぎる。
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心臓の音が聞こえる。
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体温も。
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呼吸も。
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全部。
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「ピザガイ」
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「なんだ」
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「近い」
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「そうか」
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「そうかじゃなくて」
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「寝ろ」
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全く会話にならない。
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だが。
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その声は不思議と落ち着いた。
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眠そうで。
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低くて。
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いつも通りで。
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だから。
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少しだけ笑ってしまう。
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「僕、子供じゃないよ」
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「知ってる」
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「じゃあ何で」
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沈黙。
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数秒後。
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ピザガイがぼそりと呟く。
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「盾だ」
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「え?」
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「寝ろ」
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「だから説明を」
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すると。
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ピザガイは薄く目を開いた。
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黒い瞳がこちらを見る。
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「俺が盾になってやる」
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それだけだった。
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本当に。
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それだけ。
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けれど。
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エリオットは言葉を失った。
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もし何か来ても。
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もしゾンビが現れても。
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もし世界中の怪物が押し寄せても。
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まず自分が受ける。
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そう言っているのと同じだった。
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ピザガイらしい。
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不器用で。
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回りくどくて。
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でも真っ直ぐな言葉。
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エリオットは小さく息を吐く。
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さっきまであった恐怖が。
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少しずつ溶けていく。
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夢の中の冷たさが消えていく。
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代わりにあるのは。
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温もりだった。
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生きている人の体温。
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信頼できる相棒の鼓動。
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それだけで十分だった。
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「ありがとう」
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小さく呟く。
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返事はない。
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見上げると。
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ピザガイはもう眠っていた。
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本当に寝るのが早い。
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エリオットは思わず笑う。
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そして。
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そのまま目を閉じた。
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背中に回された腕。
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規則正しい心音。
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暖かな呼吸。
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悪夢はもう遠かった。
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外ではまだ風が吹いている。
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ゾンビたちもどこかを彷徨っている。
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終末世界は何も変わっていない。
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それでも。
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今だけは安全だと思えた。
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誰よりも大きな盾に守られながら。
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エリオットは静かに眠りへ落ちていった。