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外の荒野を覆う酸性雨の幕が、デリバリー・カーの歪んだ強化ガラスを激しく叩き、世界を無彩色の境界の向こうへと押し流していた。
引き裂かれたシート、硝煙と鉄錆がこびりついた暗い車内は、つい数分前まで繰り広げられていた狂暴なまでの結合の残熱によって、窓ガラスが真っ白に曇るほどの湯気に支配されている。
「は、っ……、ふう、……っ……」
エリオットは助手席の背もたれに深く身体を沈め、細い肩を激しく上下させていた。
「Builder Brother’s Pizza」の象徴である赤い制服シャツは、男の加減を知らない怪力によってフロントのボタンがすべて引きちぎられ、左右に大きくはだけている。
露出した白皙の胸元や引き締まったお腹は、幾度も擦り上げられた男の手の甲の摩擦によって、ドロドロとした熱い昂ぶりを帯びたまま熟れたトマトのように赤く上気していた。
はだけた襟元、頚動脈の真上には、昨夜から今しがたにかけて刻みつけられた濃紫色の吸い痕が、生々しい所有権の刻印として剥き出しになっている。
いつもなら、どれほど地獄のような修羅場であっても、生存者たちを安心させ、あるいは敵を煙に巻くために完璧に維持される彼の「ビジネススマイル」。
だが、今ばかりはその仮面が跡形もなく木っ端微塵に砕け散っていた。
あまりにも一方的で、己の肉体の深淵まで強引に蹂躙された快楽の余韻に、薄い唇は微かに震え、情けないほどに浅い呼吸を繰り返すことしかできない。
(だめだ……こんな顔、いくらあいつ相手でも、見せられるわけがないよ……)
胸の奥から湧き上がる、言葉にできないほどの羞恥と、それ以上に深い愛着の混ざり合った熱。
エリオットは震える細い指先を伸ばすと、ダッシュボードの上に転がっていた、傷だらけでつばの端が小さく割れた赤いバイザーをひったくるようにして掴んだ。
そして、それを頭へと乱暴に押し戴き、つばを限界まで深く引き下げた。
目元から鼻先までを、鮮やかな赤色のプラスチックの影へと強制的に隠匿する。
それは、彼が世紀末の荒野で辛うじて保ち続けていた、一人の誇り高きデリバリー・ボーイとしての最後の防壁(プライド)だった。
だが、その必死の隠蔽(カモフラージュ)を、隣にそびえ立つ大柄な影が許すはずもなかった。
ピザガイはハンドルに預けていた大きな身体を、じわじわと助手席側へと傾けた。
捲り上げられた赤い袖から覗く、幾多の戦火を潜り抜けてきた無骨な筋肉の塊。
男の身体からは、戦闘直後のような猛烈な熱気と、彼自身の雄々しく濃厚な匂いが湯気のように立ち上り、狭い車内の空気を完全に我が物顔で支配している。
銀髪の隙間から覗く黒い瞳には、エリオットを完全に自らの領域へと閉じ込め、そのすべてを独占しようとする暗い欲情の炎が、なおも消えずにドロドロと滾っていた。
「……何をしている、エリオット」
地獄の底から響くような、低く掠れた声音が、曇ったガラスの車内に重低音となって反響する。
ピザガイは、エリオットの細い膝を割るようにして距離を詰めると、その大きな、ザラついた右手を伸ばした。
かつて特殊部隊で、どんなに複雑な爆弾の信管もその指先ひとつで解除してきた「壊すための天才の手」。
その節くれだった人差し指の先が、エリオットが深く被った赤いバイザーのつばの端へと、そっと掛けられた。
「あ……、待って、ピザガイ……今は、見ないで……っ」
エリオットはバイザーのつばを上から押さえ込もうとしたが、男の圧倒的な筋力の差の前には、その抵抗など風に舞う木の葉ほどにも意味を成さなかった。
ピザガイは無言のまま、しかしどこまでも優しく、壊れやすい生地の仕上がりを確かめるかのような繊細極まる手つきで、その赤いバイザーをゆっくりと、上方へと跳ね上げた。
プラスチックの影が退き、薄暗い車内のわずかな光が、エリオットの素顔を容赦なく照らし出す。
#1x1x1x1
ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
902
ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
3,116
「…………」
ピザガイの黒い瞳が、僅かに細められた。
そこにいたのは、いつも生存者を眩惑する天才的なデリバリー・ボーイの姿ではなかった。
バイザーの影から引き摺り出されたエリオットの青い瞳は、極限まで高められた結合の熱によって激しく潤み、目尻には耐えきれずに溢れ出た熱い雫が、キラキラと涙の筋を作って頬を濡らしていた。
白皙の頬は羞恥と愛おしさで耳の後ろまで真っ赤に染まり上がり、男の視線に直接晒された瞬間、きゅっと薄い唇を噛み締めて視線を斜め下へと逸らす。
その、世界の終わりの中で彼だけが独占することを許された、世界で最も甘美で無防備な表情。
「……口の回るお前が、随分と静かじゃないか」
ピザガイの低く掠れた声に、微かな、しかし狂おしいほどの愛おしさが混ざり合う。
男の大きな手のひらが、壁に押し付けるような強引さではなく、そっとエリオットの赤く上気した頬を包み込んだ。
ザラついた皮膚の摩擦が、エリオットの涙の跡をゆっくりと、不器用に拭い去っていく。
指先から伝わってくる男の尋常ではない体温が、エリオットの脳髄を再び甘美に痺れさせていった。
ピザガイの胸の奥から刻まれる獰猛な鼓動を肌で感じながら、エリオットはもう、これ以上の隠し事(ビジネススマイル)を維持することなど完全に諦めていた。
「あはは……手厳しいな、君は。……そんな風に剥き出しにされたら、僕の、次の配達のモチベーションが、全部君だけで満たされちゃうじゃないか……っ」
エリオットは潤んだ青い瞳をゆっくりと動かし、正面にあるピザガイの黒い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
その瞳の奥には、恐怖を遥かに凌駕した、ドロドロとした深い執着が満ち溢れている。
エリオットはぶかぶかの袖から細い指先を伸ばし、自分を見下ろすピザガイの無骨な首筋へと腕を絡ませ、自らその銀髪を指に絡めながら、その太い首を引き下げた。
「隠したって無駄だ。お前のその顔は、最初から俺だけのものだ」
ピザガイが低く呻くように呟いたその刹那、跳ね上げられたバイザーのさらに奥へと男の顔が割り込み、2人の唇は、再び乱暴に、しかしどこまでも深く重なり合っていった。
息の根を止めるほどの質量で塞がれる、2度目の深い口づけ。
口腔の奥深くまで自らの領土を拡張するように舌を滑り込ませる男の独占欲に、エリオットは声を漏らす暇もなく、ただ男の逞しい肉体に必死にしがみつき、その熱の深淵へと、どこまでも堕ちていくことしかできなかった。
外の世界がどれほど崩壊し、酸性雨が万物を冷たく濡らしていようとも、この狭い車内、バイザーの向こう側に隠された2人だけの冷めない聖域がある限り、彼らの燃えるような旅路が途切れることは決してないのだった。