岩崎の怒鳴り声から逃げるかのように、お咲を連れてきたしわがれ声の男は、じゃあ、と言い捨て、さっさと帰ってしまった。
「二代目!」
岩崎の怒鳴り声は、止まない。
「い、いや、ちょっと!」
振られた二代目は、慌てきる。
この状態に、月子も縮こまった。
一応、関係ないとわかっているが、岩崎の剣幕は、相当なもので、月子も困惑してしまった。
それは、置いてきぼりにされたに等しい、お咲も同様のようで、もろもろに堪えきれず、わーんと泣き出してしまう。
「なんとかしろ!」
「え?!お、俺?!泣かしたの京さんでしょうがあ?!」
苛立つ岩崎に責められた、田口屋の二代目も、ひるんでいる。
月子も、動揺しきっていた。
自分だけ座っていてよいのだろうかと迷うほど、とにかく、岩崎の声は大きくて、さらに、大柄な体つきで、こう苛つかれたら、恐ろしいさも倍増し、お咲でなくても、泣き出したくなるだろう。
「そして、君もだ!」
その岩崎の大声が月子へ降りかかって来た。
「早く家へ帰りなさい。見合いの手伝いだなんだと、訳のわからない芝居を打って!気乗りしないのなら、断りを入れてもかまわんのだ。こちらから断りを入れるのは、面子もあるだろう。遠慮せず、そちらから、断ってくれて結構!」
月子へ言い放ち、早く出ていってくれと、岩崎は、皆へ向かってこれでもかと怒鳴り付けた。
二代目が、そんな岩崎の強引さに文句を言い、お咲は当然泣き止まない。
騒然としている玄関先で、月子も、泣きそうになっていた。
出ていけと追い出されては、たちまち行き場に困る。
こうも頭ごなしに怒鳴られては、月子も、心が折れそうになった。
おぶわれていた時に見せていた、岩崎の紳士ぜんとした、少し堅苦しくはあるが、穏やかさは無くなって、まるで、月子が悪者かのような言われ具合で……。
このままでは、見合いどころか。
せめて、形だけでも見合いを執り行ってもらわなければ、きっと、西条家へ子細が伝わるはず。
月子が、嫌がった、と、言う話になりえる。
さて、佐紀子の怒りは幾ばくのものだろう……。
が。
その西条家から、追い出されているのだから、ここで、あれこれ考える必要はないのだ。
今、考えなければのらないのは……。
月子は、顔を引き締め覚悟を決めた。
座っていた框から、足を引きずり立ち上がり、玄関土間に、膝をついて土下座する。
ここに置いてもらうか、とにかく行き先を見つけようとして……。
「お願いします!帰る所はありません!どうか、ここに置いてください!私を女中に雇ってください!」
勇気を振り絞り、月子は、ともするば、みっともない行動なのだろうと思いつつ、めいいっぱい、頭を下げた。
自分でも、無茶なことをやっているとわかっているが、今の月子には、こうするしか思い浮かばなかった。
人に頭をさげるのは、西条家で、慣れきっている、土下座だって、散々やってきた。
とにかく、とにかく、と、月子の気持ちは急いた。
「き、君!な、何を!」
「ち、ちょっと!お嬢さん、それは、やり過ぎでしょっ!」
岩崎も二代目も、いきなり土間に頭をすり付ける月子に面食らい、そして、お咲は、当然泣き止まず、場は、収集がつかなくなった。
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