「なんですの!この有り様わっ!」
またもや、玄関口から声がする。
「京介さん!あなた、また、大きな声を出して!その追い返す口振りは、何?!そんなに、お見合いがいやなのですか!それで男二人で、女子供を責めるなんて!田口屋さん!説明してっ!」
上品ではあるが、興奮しきった女性の声が、何故だか、二代目を責めた。
見当違いの振りに、二代目は焦りきる。
「ちょっと、ちょっと!ちょっと待ってくださいよ!男爵夫人!京さんが、悪いんですよ!」
「何を!私のどこが悪いのだ!二代目!」
「京介さんのそうゆう所ですよ!まったく大きな声で!外にまで、丸聞こえですっ!」
抗議する岩崎へ、もっと早く来れば良かったと、突如現れた女性は、ボヤキながら、ヅカヅカと騒ぎの中へ踏み込んで来る。
そして、しゃがみこむと、月子の背を優しくなでた。
「あなた、西条家のお嬢さんね?ごめんなさい。もう、この石頭のせいで、こんなことまでさせられて……」
言うと、岩崎へ非難の目を向ける。
「義姉上《あねうえ》!私は、何も!」
「言い訳は、お見合いの後で聞かせてもらいます!京介さん!」
問答無用とばかりに、ピシャリと、女性は、言いきると、月子の手を取って、立ち上がるように促した。
とたんに、ふんわり甘い香りが、月子の鼻をくすぐった。そして、小さく柔らかな手が、月子を誘った。
しっかりと、手を握られた月子は、目を見張る。
その手は、余りにも、月子のものとかけ離れていたからだ。
艶やかで、色白の手は、日常の仕事で使いはたしていると言っていい、月子の手を握りしめている。
おもわず、引っ込めたくなった月子だが、それは、かなわず。恥ずかしさでいっぱいになった。
白く清らかな手には、月子を立ち上がらせようと力が込められていた。
「田口屋さん?それで、この子供は?……ひょっとして!いやだ!京介さん!あなた、お見合いを嫌がるのは、こうゆうことだったのね!早く言ってくれないと!」
月子を立ち上がらせ、女性は、お咲に目をやった。
「いや、あのですね、男爵夫人。勘違いされてる様ですが、その勘違いってのが、また、なんだか、ずれてるような気がするのですよ。って、この状況を、どうして、俺がまとめてるのよ!京さん!」
「それは、あなたが口入れ屋だからでしょ?田口屋さん」
は?と、驚く二代目など目もくれず、女性は、泣いているお咲の手も取る。
「そうと分かれば、ちゃんとしなければ。京介さん、あなた、次男とは言え、男爵家の人間でしょ?けじめはちゃんとお付けなさい!」
「義姉上、いったい、私は、どのようなけじめを?と、言いますか、また、どのような勘違いをなされているんですか?」
岩崎は、眉をしかめる。
「勘違いも何も!いつの間に、こんな大きな子まで!びっくりだわ!西条家には、上手く伝えます。この子の為にも、親子水入らずで暮らせるようにしないと」
「お、親子?!」
驚きの声をあげつつ、岩崎は、二代目を見た。
「いや、京さん。これまた、どうゆう勘違いなのかねぇ。親子ときたか。っていうか、それなら、二人とも、京さんの子供、って年回りじゃないかい?」
二代目は、言いながら、肩を揺らして笑いを堪えている。
「えっ?!やだわ!うそ!二人とも、京介さんの?!」
女性は、驚きから目を丸くし、月子を凝視するが、すぐに、
「そ、それじゃ、お母様は、どちらに?」
少しばかり顔をひきつらせ、問うてきた。
「あっ……、母さんは、病院に入院して……」
「なんですって!入院?!」
月子の答えに、女性は、悲鳴のような声をあげた。
「何てこと!お母様が、入院されたから、二人して、父親である京介さんを頼って来たのね!」
一人わななく、女性に、月子は、どういうことなのか、自分は、不味いことをいってしまったのではと、固まりきった。
「いやはや、この、勘違いというべきか、誤解を解くのは、なかなかの力仕事じゃないですかい?京さん?」
二代目は、ケタケタ笑い、岩崎は、
「まったく……」
と、呆れかえった。
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