だけど、親父は何も言わずしばらく黙ったまま口を開かない。
「仕事はどうされるお考えかな? うちとしては、あなたにはそのまま続けて頂きたい」
ようやく口を開いたと思ったら、答えにならない質問を透子に投げかけて来る。
「それはもちろん! まだまだ仕事頑張りたいです」
透子は躊躇せず、すぐにそう答える。
「透子は仕事しててこそ、また一段と輝いていられる人だから」
透子がそう思うように、オレも透子にはずっと今のまま仕事を続けていってほしい。
オレの好きな透子は仕事を続けてイキイキしている姿だから。
だけどこの問いかけで親父は何を探りたいんだろう・・・。
「優秀であるあなたには会社としては、このままもっと活躍して頂きたい。ですが、樹の相手となると、また話は別です」
ホラ。
やっぱり普通に認める気がないのがわかる。
オレは透子と一緒にいたいから結婚したいだけ。
仕事を辞めて家庭に入ってもらうとか、そんなの一切考えていない。
だから透子は無理だって言いたいの?
なら仕事を辞めれば認めるってこと?
結局親父はどんな風に答えても全部反対していくって、そういうこと?
相手は誰でもいいワケじゃない。
透子じゃなければオレは結婚しようだなんて思わない。
透子だから結婚したいと思った。
ただそれだけなのに。
「親父。それどういう意味? オレと結婚してから、彼女がこのまま仕事で活躍して何の問題があるワケ? まさか、仕事を辞めて家を守れとかそんな古臭い考えで言ってるんじゃないよね?」
親父の言葉の真意が分からず、少し苛立ちながら親父に尋ねる。
オレと結婚するから仕事は諦めろって言いたいのか、それとも会社では必要な存在だから結婚なんてせずに仕事に専念しろと言いたいのか、どうオレ達が答えれば親父が納得するのかが正直わからない。
親父はオレに何を求めてる?
立派な社会人でいること?
会社の役に立つこと?
結婚して家庭を持つこと?
親の言う通りに動くこと?
きっと全部だ。
この人は結局は自分の理想通りの人間にしたいだけだ。
オレの意志なんて関係ない。
オレの幸せなんてどうでもいい。
最終的には自分の思い通りにオレを動かせばそれで満足する人だから。
透子と一緒にいたいけど、透子までこんなことに巻き込みたくない。
透子の自由を奪って、やりたいこともやらせてあげられない生活なんて、そんなこと絶対させたくない。
だけど、透子ももう放したくない。
絶対もう透子は何があっても諦めたくない。
こんなにも想い合っているのに、お互い必要で大切な存在なのに、周りに邪魔されて一緒にいられないなんて、もうそんなの絶対耐えられないから。
「この人・・・。多分あなたたち二人が自分たちのようになるのを心配しているのよ」
すると、母親が静かにそんな言葉を呟く。
「え・・・? 母さんたちとオレたちが同じってこと?」
「ええ・・・。あの時の私のようにきっとこの人は恐れているのよ。私が結局夢を諦められずに仕事を選んでしまったから・・・」
「いや・・・。それは私が君たち家族を守り切れなかったからだ・・・」
「いいえ。あなたは十分私たちを守ってくださいました。あなたが会社に全力を注いでいたのを見て、私も同じように自分の想いを、夢を、また叶えたくなった。全部私の我儘です。ただあなたは私のそんな想いを信じて力を貸してくださった。感謝してます」
オレの目の前に今まで見たことない二人がいる。
そしてそれは今までオレが知らなかった話。
知らなかった現実。
ずっと親父は母親とオレを見捨てて仕事を選んだのだと思っていた。
母親はそれが辛くて悲しくて、また夢を追いかけ始めたのだと思っていた。
そしてお互いがお互いの方を向かずに、過去を振り返らずに、今をその先を見ているのだと思っていた。
オレがうっすら記憶している3人での家族の時間は、結局意味がなかったのだと、無駄だった時間なのだと、そう思っていた。
だけど。
本当は・・・。
「樹。お前たちは私たちのようにはなってほしくない。一度幸せにすると誓ったのなら最後までお前は守りきってほしい」
あぁ・・・。
やっぱりそういうことだったのか・・・。
「わかってる。オレは絶対一生彼女を守りきる。ずっとオレが幸せにする」
親父がそうオレに託した言葉に、男としての想いが伝わって来る。
オレはそれを感じ取って、今の想いをすかさず伝える。
「そう思いながらも私と母さんは一緒にいる幸せを選ぶことが出来なかった」
すると今度は悔しそうにまた親父がそう呟く。
「それは・・・あなたが夢を諦められなかった私を自由にする道を作ってくれたから・・・」
「本当は母さんが夢を追いかけて輝いている姿が好きだったはずなのに、いつの間にか私自身がその輝きも笑顔も奪ってしまってた。だから私はそれを守る為に母さんと離れる決意をした。一番大切な人が一番美しく輝いて幸せでいてほしかったからだ」
ようやく全部腑に落ちた。
母親がずっと親父を責めなかったこと。
オレにとっては、家族を壊した張本人で、オレ達を苦しめた人間なのだから、文句を言って当然だと思っていた。
だけど、母親は一切そういうことを言わなくて。
オレだけがずっと反抗をしていただけ。
だからこそ、長年感じ続けていたオレの中にある感情は、まだすべてを受け入れることが出来なくて。
昔ではわからなかったことが、今のオレとして親父のその言葉に共感出来てしまう自分がいて少し戸惑い始める。
「どれだけ好きでも一緒にいない幸せや離れていても守れる幸せもある。私は母さんとはその幸せを選んだ。しかし、樹・・・お前にそれをずっと伝えられなかったことで、お前自身を苦しめてしまった」
今更告げられた真実。
だけど、あまりにも思ってもいない真実を突きつけられて、オレはどうしていいかわからなくなる。
ならオレが今まで抱いてきたこの感情は?
ずっと苦しんで来た今までの時間は?
オレは今どんな感情を持てばいい?
どう受け入れればいい?
「でも親父は結局母さんを最後まで守らずに見捨てたんだよね? 今更なんでそんなことを・・・? 別に何の障害もないのに、そこまで想ってたなら親父がずっと側で支えること出来たんじゃないの?」
オレの中ではあまりにもその感情が育ちすぎて、素直に受け入れられない。
どんな理由であれ、オレ達が家族でいられなかったことは、戻すことの出来ない現実だ。
それならどんなことをしてでも守ってほしかった。
最後まで母親をオレを、家族のまま守ってほしかった。
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