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第五章:世界が壊れても
「……戻ってきたんだな」
戦場の片隅、焦げた大地に立つ天使の姿を、赤は目を細めて見つめた。
風が吹く。
その中で、水は静かにこちらを振り向いた。
「……赤ちゃん」
「水っち…」
ただ名前を呼び合っただけなのに、胸の奥がひどく痛む。
抱きしめたかった。でも、今は――剣を持って立つしかなかった。
再び開戦が告げられた。
天界と魔界。
どちらも譲ることなく、互いの正義を主張し、血を流し続けている。
水は、再び戦場に戻されたのだ。
“試練”という名の元に。
「本当に戦うのかよ、俺と」
「君がそこに立つ限り、僕も……剣を抜くしかない」
赤の目がわずかに揺れる。
「じゃあ、斬るの? 俺を」
「……君は?」
赤は剣を地面に突き立てた。
「俺はもう、水っち刃向ける気は ない。たとえ殺されても構わないよ」
その言葉に、水の手が震えた。
「やめてよ……そんな言い方。君が死んだら、僕は……僕は――」
その時、遠方から矢の音が響いた。
二人の間を裂くように、天界の白い光が突き刺さる。
反射的に、赤が水を庇った。
ドン、と音がして、赤の肩が血を吹く。
「赤ッ!!」
「……お前を、守れた」
水は、膝から崩れた。
誰かが、まだこの恋を許さない。
誰かが、ふたりを引き裂こうとする。
「誰も……君を撃たせたりしない!!」
水の叫びが、空に響いた。
次の瞬間、背後に降り立つ影。
「そこまでや」
青だった。
そして、白も横に立つ。
「水君、ほんまに……この恋、命賭けんねんな?」
「うん」
「……ほな、俺らが味方したる」
「俺もや。こないなアホみたいな世界、壊したってええ」
赤が呆然と立ち尽くす中、今度は魔界側からもふたりの影が現れた。
「よ、赤。無茶しすぎ」
桃が槍を構え、にやりと笑う。
「ったく、どこまで行っても俺の弟はバカや」
黒が肩をすくめ、魔力を展開する。
「けどな、アホほど強い。それがうちの誇りや」
天界と魔界の戦士が、ふたりの恋を守るために――刃を交える相手を、世界そのものに変えた。
「世界が壊れてもいい」
水の声は、震えていなかった。
「君を守る。君と生きる。……僕は、それを選ぶ」
赤が笑う。
その笑みは、これまでのどれよりも穏やかで、美しかった。
「上等だ。……俺も、全部ぶっ壊してやるよ。世界も、運命も、宿命も――ね、水」
「うん、赤」
「お前が、俺の世界のすべてだから」
そして、戦場が光に包まれた。
それは戦いの終わりを告げる光ではなかった。
――始まりの光だった。