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#再会
はなたろう@推しと恋する物語
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その翌週金曜の夜、私はとある洋風居酒屋に来ていた。「リッコ」という店だ。マスターの細君の名前「梨都子」に由来してのネーミングだ。
私がこの店の常連になったのは、ここで飲もうと私を誘った友達自身が突然来られなくなったことがきっかけだった。友達から連絡が来た時、私はすでに店にいた。そのまま帰るのは店に対して失礼だと思い、一杯だけお酒を注文した。飲み終えて帰り支度を始めた時、その場にいた梨都子に声をかけられた。
話し上手、聞き上手な彼女と、その夫であるマスターとは、あっという間に仲良くなった。それからは時々、今夜のようにふらりと一人で店を訪れては、一杯程度のお酒を軽く飲みながら食事をしたりしている。
一杯目のレモンサワーを飲み終えた時、マスターの池上が話しかけてきた。
「今夜、後で梨都子が来るよ」
「そうなんですね。久しぶりに会うかも」
「梨都子にメッセージを送ったら、『碧ちゃんが帰るって言っても、絶対に引き留めて』だってさ」
「梨都子さんに会わないで帰るなんてこと、しませんよ」
くすっと笑う私に池上が訊ねる。
「グラス、空いたね。お酒は同じのでいい?」
「梨都子さんが来てからにしようかな」
「そう?じゃあさ、今日の女性限定デザート、先に食べる?」
「ぜひ!ちなみに、何ですか?」
「シンプルなプリンにしてみました。ちょっと待っててね」
池上は背を向けて冷蔵庫の扉を開け、ホイップクリームとフルーツを添えたプリンを私の前に置いた。
「わぁ、美味しそう!いただきます!」
私は早速スプーンを手に取り、プリンを口の中に入れた。懐かしいような味が口の中いっぱいに広がる。
「美味しいです!さすが、池上さんのデザートって外れがないですよね。もしかして、お菓子屋さんだってできたんじゃないんですか?」
池上はあはは、と笑う。
「そういう勉強もしたけど、俺にはこっちの方が合ってたみたいだ」
「料理もできて、スイーツも作れる旦那さんかぁ。いいですねぇ。池上さんはそうやって梨都子さんの胃袋をつかんだわけですね」
にやにや笑って言った時、背後から私に声をかける者がいた。
「そうなのよ。つかまれちゃったのよね」
「わっ!」
私は驚き慌てて振り向いた。
そこには悪戯っぽく笑う梨都子が立っていた。
「びっくりした。気配を殺して後ろに立つのはやめてくださいよ」
「あはは、ごめんね。二人で楽しそうに喋ってたから、邪魔したら悪いかな、と思って」
梨都子は私の隣に腰を下ろし、池上を見上げる。
「真人。ジントニック飲みたい」
「オッケー。碧ちゃんは?」
「私も梨都子さんと同じので」
「あれ?今日は飲んでなかったの?」
「二杯目は梨都子さんが来てから頼もうと思って、先にデザートを頂いてました」
梨都子は私の食べかけのプリンを見て、にっと笑う。
「これ、美味しいでしょ?私の好きなタイプのプリンなんだ」
「へぇ。そうなんですね。池上さんが作るものってなんでも美味しいけど、このプリンはまた格別でした。ほっこりするような美味しさとでも言うのかな」
「ちょっと、真人。今の碧ちゃんのコメント、聞いた?」
「あぁ、しっかり」
池上は嬉しそうに笑う。
「碧ちゃん、いつも美味しいって言ってくれてありがとね」
「美味しいから美味しいって言ってるだけですよ」
それからさらに小一時間ほど、梨都子や池上と楽しく会話しながら過ごしていたが、ふと時間が気になった。時刻を確かめようとして、私はバッグの中から携帯を取り出した。携帯を収めた手帳型のカバーを開いた時、ひらりと床に落ちた物があった。太田の名刺だ。
私よりも早く、梨都子の手がそれを拾い上げた。
「名刺?」
梨都子はぴらっと裏を返してしげしげと眺め、その後私に視線を移し、意味ありげに微笑む。
「ふぅん。碧ちゃんたら、なかなかスミに置けないじゃないの」
「そういうのじゃないですから。返してください」
私は名刺を取り返そうとした。
しかし梨都子はにやにやと笑いながら、私の手から遠ざける。
「この手書きの番号って、この人のだよね。よく見たら、碧ちゃんと同じ会社の人なのね。いつもらったの?電話はもうかけてみた?」
「かけてません」
梨都子から名刺を奪い返すことを諦めて、私は脱力した声で答えた。
途端に梨都子の目が大きく見開かれた。
「どうして?嫌いな人なの?」
「別に嫌いってわけじゃ……」
「それなら、とりあえず連絡して、デートでもしてみたらいいのに。何かが変わるかもしれないわよ。それとも一対一で会うのが不安?だったら、ここに連れてくれば?私がじっくりと見定めてあげるわよ」
「そういうのはいいかな……」
梨都子がいつも以上に饒舌になっている。酔っている証拠だ。
目で助けを求める私に池上は「ごめんな」と謝り、梨都子をたしなめる。
「碧ちゃんが困ってるじゃないか。いい加減にしないと嫌われるぞ。その名刺も、早く碧ちゃんに返しなさい」
梨都子はぷうっと頬を膨らませ、渋々私に名刺を返す。
「だって、碧ちゃんが幸せになるきっかけになるかもしれないって思ったんだもん。何か協力したいなって」
池上は呆れ顔でため息をつく。
「こういうことは、静かに見守っているだけでいいんだよ。碧ちゃん、ごめんな。梨都子は碧ちゃんのことを妹みたいに思ってるから、それで心配してるんだよ」
妻をフォローする池上が微笑ましく、私はにっこりと笑う。
「もちろん分かってますから」
私と池上の会話に、梨都子が割り込んできた。不満の残る顔つきをしている所を見ると、まだ何か言い足りないようだ。
「碧ちゃんは合コンの話に全然乗ってこないでしょ?ピンポイントで誰か紹介するって言っても、まったく興味を示さないし。悠長にもたもたしてたら、いい出会いを逃しちゃうわよ」
「いい出会いってどんな出会い?」
苦笑交じりの声が不意に割って入ってきて、私と梨都子は同時に首を後ろに回した。