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「史也君。いらっしゃい」
「清水さん、こんばんは」
「よう、史也。先週ぶり」
「どうも。なんか今日は暇そうだね」
彼、清水史也は店内をぐるりと見渡した。
「一番忙しい時間は終わったんだよ」
「そうなんだ。結構遅い時間だもんね」
清水はスーツのジャケットを脱いで椅子の背にかけ、当然のように梨都子とは反対側の私の隣に腰を下ろした。
「席はそこでいいの?」
「もちろん。俺の定位置だからね。池上さん、俺のボトル出してよ」
「オッケー」
清水も「リッコ」の常連だ。池上夫妻とは昔からの知り合いらしい。何度かここに足を運んでいるうちに私も彼と親しくなった。今では仲のいい飲み友達だ。
お絞りで手をふきながら、清水はにこにこと梨都子に笑いかけた。
「今日はツイてるなぁ。碧ちゃんだけじゃなくて、梨都子さんにも会えるなんて」
梨都子はふふんと鼻で笑う。
「相変わらず調子がいいわねぇ」
「いやいや、本心ですって。ほんと、いつ見てもお綺麗で。目の保養になります」
「本心ねぇ。どうだか……」
ぶつぶつ言いながらも、梨都子はまんざらでもない顔をしている。
「二人とも今日は仕事だったんだよね?お疲れ様ってことで、乾杯しようよ。池上さんも、そろそろ飲んじゃっていいんじゃない?見れば常連さんたちしか残っていないみたいだし。――ねっ、皆さん。池上さんも、もうお酒飲んじゃって構いませんよね?」
清水はくるりと体の向きを変えて、テーブル席の数人に向かって声をかけた。
「どうぞどうぞ!」
「マスター、ごちそうするよ」
返って来た陽気な声に、清水はにっと笑った。
「……だってさ」
彼の笑顔を受けて、池上は嬉しそうな顔をした。
「それじゃあ、お言葉に甘えて、一杯だけ飲んじゃおうかな」
池上はいそいそと出してきたグラスをビールで満たす。
「それでは、改めて乾杯!」
清水の音頭を合図に、それぞれがその場でグラスを高く掲げた。
それからどれくらいの時間飲んでいたか。気づいた時には梨都子の口調が怪しくなり始めていた。
「だから……碧ちゃんはさ、もうちょっとガード緩くした方がいいって……」
池上は眉をひそめて梨都子の前に水を置く。
「梨都子、もう帰りな。タクシー呼ぶから」
「それなら、私、一緒に乗っていきます。住所だけ教えてもらえれば」
「だったら、俺も一緒に帰るよ。池上さんの家は知ってるからさ」
「大丈夫よぉ。私一人で帰れるから」
梨都子は楽しそうに、あははと笑う。
「まったく……」
池上は呆れつつも心配そうな顔で梨都子をちらりと見る。私と清水に申し訳なさそうな顔を向けた。
「悪いんだけど、梨都子、頼んでいい?俺は店の片づけがまだ残っているから……。しかし、梨都子がこんな風に酔っぱらうことって、珍しいんだけどな。いよいよ年なのかねぇ」
「ちょっとぉ、年とは聞き捨てならないわね」
「あ、聞こえてた?」
池上は梨都子の文句を軽く流し、電話を手にした。
「タクシー呼ぶよ」
それから十数分後、タクシードライバーが店までやって来る。
「今行きます。……碧ちゃん、梨都子さん、行くよ」
清水が私たちを促して席を立った。
池上が清水に紙幣を渡す。
「清水、これでタクシー代払ってくれ。もしも足りなかったら後で教えて」
「分かりました。ここはお言葉に甘えさせてもらいます。――よし、行こうか」
「はい。梨都子さん、帰りますよ」
梨都子はご機嫌な様子で立ち上がり、私の腕に自分の腕を絡ませる。
私は梨都子を抱えるようにしてタクシーまで連れて行った。