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7 - 現一夜/🟦と🏺

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2024年07月01日

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青井は浅い眠りの沼からぱっと顔を上げた。よだれまで垂らしてそうと知らず船をこいでいたのだ。

目の前にはつぼ浦がソファで眠っていて、「もう死にます」と言う。

「えっ、何? どういう状況これ」

「死んだら埋めて……えっと次のセリフなんだっけ。チクショウめんどくせえ夢見やがってアオセンのボケが」

「つぼ浦? なんで起き抜けに俺罵倒されてんの?」

「アオセンが俺の夢なんか見るからですよ、出張代も出ねえのに。あ、あれだあの、なんかデカめの貝で穴掘って、隕石墓石にしてください」

「ほんとに何の話してる?」

「だからぁ、えっ!?」

つぼ浦はガバッとバネ人形みたいに飛び起きた。驚きで上がった両手に当たって、安置されていたサングラスが吹っ飛ぶ。

「アオセン起きたんすか!?」

「うん。何つぼ浦死ぬの?」

「あ、はい死にます。死ぬんすけどぉ、え、まじか」

「なにその反応」

「いやー、アオセン精神力強すぎじゃないっすか?」

つぼ浦は、「明晰夢ってやつですよコレ」と頭を掻きながら言った。

「明晰夢?」

「そう。夢っす。寝てるときに見るやつ」

「へえ……。じゃ、お前も夢なの」

「俺は本人っすよ!」

「ウワ言うわ。絶対言う。すげー解釈一致」

「解釈とかじゃねえんですよ本人なんで」

「言う言うコレ言うコレ! ウワー俺つぼ浦に詳しかったんだぁ」

「チクショウ日頃の行いのせいで夢扱いされちまう。埒が明かねえぜ」

「ワーーーッ!」

青井は両手を叩いてガハガハ笑った。自分がつぼ浦の明晰夢を見ている状況だけでも面白いのに、そのつぼ浦があまりにもThe つぼ浦なのが面白かったのだ。ついでにサングラスのない素顔でチベットスナギツネみたいな表情をしているのもダメ。さっきまで寝ていたから、いつもよりはっきり頬に枕の痕が付いているのもダメだった。

体が傾くほど笑って、ようやく息を吐く。

「あー、はーっ。おもしれ」

「人で散々笑いやがって」

「笑うでしょこれは。え、じゃ、つぼ浦殴り放題か。夢だし」

「勘弁してくれ。死ぬんすよ何もせずとも」

「そうだったわ。なんで死ぬの?」

「死ぬって決まってるからっすよ」

「なに、それ?」

「夢っすから。オチまでもってかないとアオセン起きれないんすよ」

「まじか」

「まじっす」

青井は実感がわかず、顎の下をポリポリ掻いた。薄布が一枚かぶさったような感触がして、あ、確かにこれは夢だなと思う。

「じゃあ、どうしたらいいの?」

「ちょっと待ってくださいカンペ見ます」

「カンニングできるんだ」

「試験官とかいないっすからね。えっとぉ」

「しかも普通にスマホ見るんだよ。もうペーパーじゃないよね、カンニングスマホだよ」

「カンスマって語感悪くないっすか」

「ふふっ、確かに」

「へっへっへっ。あ、えっとぉ『死んだら、埋めてください。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして、天から落ちてくる星の破片を墓標に置いて下さい』」

「お前のちゃんとした敬語おもろいよね」

「まじめにやってんすよ俺は!」

「だってぇ! え、自分でも思わん? もう丁寧にしゃべるだけで笑い取れるじゃん」

「それ言ったら俺はサングラスとるだけで爆笑されますよ。チクショウみんな人の顔見て笑いやがって」

「正直今それがいっちゃんおもろい」

「くそっ!」

「イッタ!」

青井の頭につぼ浦の投げたスマホがクリーンヒットする。謝りもしないで、つぼ浦はのそのそ吹き飛ばしたサングラスを拾ってかけた。その様子はいつものつぼ浦と同じで、とても死ぬようには見えない。

「つぼ浦本当に死ぬの?」

「死にますとも」

「へえ。どうしても?」

「このやり取り本当はもうちょっと前にやるんすよ」

「なんでしなかったの?」

「俺はやりたかったっす」

「……今のつぼ浦じゃなくて俺のせいって意味?」

青井はやおら刀を抜いた。銀のきらめきがゆっくりと姿を現し、つぼ浦を脅しつける。

「いやー! そんなこと言ってないじゃないっすか! もう、ただ純粋に、ね、俺はやりたかったなーって! 機会がなかったなって」

「だよねー」

「あっぶねぇ~。第一夜が二夜とか三夜とかになるところだった」

「まずいの?」

「カンペがねえです。青空文庫からコピペしなきゃ」

「俺の夢青空文庫にあるんだ」

「良かったすね、パブリックだから無料っすよ」

「著作権もない感じなんだ」

「ないです。フリー素材」

「夢くらいぱっとお金使ってイイコトしたらいいのに……」

「現実でいっぱい持ってるからいいじゃないっすかアオセンは。俺なんか明日のご飯も買えねえや」

「そうなの? なんで?」

「この夢への出張代が出ねえからです」

「それ今所持金0の理由ではないよね?」

「チクショウ誤魔化されねえコイツ。えー、と、募金箱に全部突っ込んじゃって」

「ツッコミどころ多すぎるなぁ。お前って何に募金するの?」

「あー、ンー、……緑化活動」

「じゃあおれ緑化アンチね、ロスサントス砂漠にするから」

「警察官の発言としてどうかと思うぜアオセン」

「乞食の真似事して先輩にたかるお前ほどじゃないよ」

「バレた。なんでだ? 参考までに何が悪かったか教えてください」

「頭」

「ア゛ッ!?」

つぼ浦が一瞬で顔を真っ赤にしてバットを構えた。「どーうどうどうどう」といなし、青井は首を傾げた。

「何の話だっけ?」

「なんでしたっけ。……あ、そうだ! 百年待つんすよこのあとアオセン」

「百年」

「そうです百年」

「無理、待てない」

「いや待つんすよ。そういう夢なんで」

「え、つぼ浦死んでから百年?」

「そうっすね」

「無理無理無理無理。途中で飽きてコンビニ行っちゃう」

「いや、待たないと夢覚めないんで」

「……百年、のところ今回はなんとー?」

「通販はじまっちまった」

「な、なんと驚きのー!」

「百年すね」

「ですが今回に限りー!」

「いや百年です」

「とみせかけて!」

「俺じゃないんすよこの夢書いたの! 百年から動かせねえの! 俺じゃないから!」

「だめなの? まじ? 5秒とかになんない?」

「カップ麺より待てねえじゃねえっすか」

「一人で3分待つとか無理。踊りだしちゃう」

「カップ麺待機踊りするんすかアオセン」

「え? つぼ浦しないの? するでしょ」

「マしますね」

「ほらー」

脱線に次ぐ脱線。炊飯器待ってる間に踊って足つったとか、もう銀行強盗待ってる間でも本当は踊りたいとか、冗談だか本気だかわからない会話が広がる。つぼ浦は真剣な顔で冗談を言うし、青井は笑顔で本当のことを言う。だから百面相のようにお互いを笑わせるこの場では、真実と嘘が一緒くたになっていた。どちらでも構わないのだ、相手を笑わせることができれば。

「アオセン、思いついたんすけど」

「なに?」

「喋ってりゃ百年もあっという間なんじゃないですか?」

「あー、まー、確かに。お前死んでても喋れんの?」

「この街の死ぬってダウンですから」

「あ、そっか」

「そっすよ」

「じゃあはよ死んでー」

「ひでえ」

つぼ浦はゲラゲラ笑って、またソファに横たわった。青井はつやつやした血色のいい顔からサングラスを外してやる。そうするとつぶらでキラキラとした丸い目があらわになる。つぼ浦に似つかわしくないカワイイパーツだ。ぐ、と青井が喉の奥で笑うと、つぼ浦が不満そうにソファを叩く。

「馬鹿にしてんすか」

「いや、良い顔だなぁって」

「どこが!」

「見るだけで笑顔になるもん。毎日裸眼でいてほしい」

「馬鹿にしやがって!」

「アハハハハ」

つぼ浦はやっぱりとても死にそうには思えない。青井は心配になって、「ダウンだよね。喋れはするんだよね?」と聞いた。拗ねたつぼ浦は答えず、口をつぐんだまま目をつむる。

まつ毛の間からすっと涙が頬へ垂れた。警察のダウン通知が鳴った。

「……死んだ?」

「死にました」

「ふ、ふふ」

「なんすかアオセン」

「いや、死にましたって返ってくるのおもろいわ」

「今度アオセンが死んでたら聞きますね」

「天丼はびみょい」

「なんだとチクショウ。あ、アオセン担いでください」

「どこ行くの」

「デカい貝で穴掘れるとこ」

「海?」

「じゃそこで」

青井は警察署を出て、えっちらおっちら海へ向かった。街には誰もおらず夢の登場人物はつぼ浦と青井の二人だけのようだった。いつまでたっても夕日の差し込む赤い世界で、青井は百年も一人じゃ気が狂っていただろうな、と思った。同時に「アオセン一人じゃなくて良かったっすね」とつぼ浦も言った。なんとなく負けた気がして、潮騒で聞こえなかったふりをする。穴の掘れそうな大きい貝は見つからない。

「どうすんの」

「どうしましょ」

「もう形状似てたらよくない? つぼ浦それっぽいの持ってないの」

「あー、カレー皿ありますよ」

「じゃあそれで」

「中身食ってくださいアオセン」

「うん。うわ、不思議。いくらでも食べれる気がする」

「夢っすから」

「食べ放題行きたい」

「俺今食えないんで勘弁してください」

「そうじゃん。かわいそう」

「チクショウ! 早く食べ終わって夢から覚めてくださいよアオセン!」

「百年かかるんでしょ誤差誤差」

「それはそう」

「食べ終わったら皿洗わないとか、さすがに」

「海で流せばセーフっすよ」

「本当にこれでいいの?」

「多分」

カレー皿はサクサク砂浜を掘り返した。いつの間にか日が沈んで夜になっていた。月明りに陶磁の白が照らされて、掘り返すたびに海の匂いが強くなる。しばらくして穴は掘れた。

「ここにつぼ浦埋めるの?」

「そうです」

「え、全埋め? 顔とか出す?」

「いやもう全部で。どっか出てたらホラーじゃないですか」

「海水浴ではしゃいだ客じゃなくて?」

「今真夜中なんすよアオセン。仮にはしゃいだ観光客でもホラーっすよ」

「確かに。俺らが取り締まんなきゃいけなさそうなのも含めて怖い」

「勘弁してほしいぜ」

「じゃ埋めるよ」

「はーい」

青井はそっと砂をかけてやった。かけるたびに皿の裏に月の光が差すのに、どこまでもカレー皿だから締まらない。きちんと全身を埋めたところで、 「あ、墓石! どうしましょ指定隕石なんすよ!」 とつぼ浦が土の中から大声で叫んだ。

「隕石なの?」

「星の破片なんて隕石でしょ。どっかに転がってないですかアオセン」

「なーい」

「じゃ代用っすね。それっぽいの」

「ヒトデってあり?」

「あ……? な……、いや、あ……ン……?」

「つぼ浦がエラー吐いちゃった」

「破片、に、含まれます……?」

「じゃ千切るね」

青井はヒトデの足を一本無情にブチリと引きちぎった。そのまま、小さい欠片を砂の上に乗せる。つぼ浦が墓の中で「嫌な墓標だぜ」とつぶやいた。全くその通りである。

「あとはー?」

「待ちですアオセン」

「あ~苦行タイム来たか……」

「百年すからね」

「もうだめかもしれない」

「早すぎるんすよ。せめて30秒。カップスープかき回す時間くらい待ってください」

「あれ数えてちゃんと待ってんのお前?」

「いやもう粉で食べますけど」

「やばすぎるそれは。マカロニとか入ってるやつは?」

「乾燥マカロニ美味いっすよ。ほんのり塩味して」

「はいダウトー! ゆでる前のマカロニは塩味しませんー!」

「なんでそれ知ってんすか逆に!」

げらげらカラカラ笑っている間に、日が出て、沈んだ。青井は胸の奥で一と数えた。つぼ浦がオリジナル時蕎麦で「今、何時だい」といった瞬間忘れた。赤い日が何度も出ては沈んで、出ては沈んで、それでも一時も話は途切れなかった。まあこのままでもいいかな、と青井はちょっと思った。

話に夢中になるうちに、青井の方へ一本真緑の茎が伸びてきた。スルスル長くなってちょうど胸のあたりで留まる。カウントダウンみたいに首を振るつぼみができて、ぱっと鮮やかな花が開く。

中に小さなつぼ浦がいた。

「親指姫かよ!」

「百年経ったんで、会いに来ましたよアオセン!」




青井は浅い眠りの沼からぱっと顔を上げた。よだれまで垂らして、そうと知らず船をこいでいたのだ。目の前にはつぼ浦がニヤニヤ笑って立っている。青井の顔を覗き込んで生意気な顔で、「アオセン、死んでますー?」と言った。

「……死んでるー」

「まずいな。なら今のうちに財布あさんねえと」

「馬鹿」

「はざます」

「おはよう。あー、んー、つぼ浦」

「なんすか?」

「出張代いくら?」

「じゃ、食べ放題の夕飯で」

百年経ってなお話の尽きぬ男たちであった。

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