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「ごめんな、俺も基本狡い人間だから優里ちゃんの気持ちもわかるんだよ」
坪井は困ったように小さく息を吐き、まるで自分を嘲笑うかのように、乾いた笑い声をこぼす。
「え?」
「抱えてる重荷は、どんな人間もチャンスさえあればすぐにでも降ろしたいよな」
耳元に唇を押し当てられ、吐息に混じって声がする。
「優里ちゃんは天秤にかけて、青木を取った形だよね。でもそれって言い換えればお前に甘えての行動だよ」
「甘えて……?」
真衣香の声に応えるよう、坪井がゆっくりと頷いた気配がした。
「うん。どう見ても、あの子お前のことが大好きでしょ。なのにこんな行動に出たってさ、甘えてたとしか思えない。お前なら許してくれるって……マジで傲慢だよな」
真衣香の頭の中には、ついさっきまで目の前にいた優里の姿がよみがえった。
考えるよりも先に行動することが多い優里の、反省したように肩を落とす姿は何度も見てきた。
それが原因で喧嘩になっても、それでも、向き合うことから逃げ出すことなどなかったのに。
「……今までの私なら、許せたのかなぁ?」
「ん?」
「だって、私、優里がどうしてこんなことしたのかを考える余裕がなかったの」
よりいっそう力を込めた坪井が、どうして? と、囁くように聞いた。
口を開きかけて、しかし真衣香はその口に力を込め引き結ぶ。
(……坪井くん相手に、言ったくせに……私)
“隠してたこと、聞きたい”
“知られたくなかったこと、知りたい”
真衣香が坪井に言った言葉だ。
今更、気がつく。
心の奥に潜む本音を言葉にし、形にしてしまうことの恐怖。
過去をさらけ出した彼はどれほど恐ろしかったのだろう。
(……私、知られたくない)
知られたくない気持ちばかりが増えていく。
それは、坪井が好きになってくれた自分なのか?
わからないから。
――やがて抱き締められていた身体は離れ、手を引かれるようにして駅までの道を歩いた。
一歩進むたび、坪井の存在が遠くなっていくように感じてしまう。
一歩進むたび、彼女の存在が色を増していくように感じてしまう。
(ああ、そっか……こんな、気持ち……)
脳裏をよぎったのは、いつだったか自分を陥れようとしていたのだという小野原や。
あからさまに真衣香を牽制した咲山の姿だった。