ー忘れ去られた過去・後編 II ー
「おい…お前、あの宮殿のガキか。ハハッ、今日は運がいいぜ。こっち来い。」
そう言うと店員は僕の手首をグッと掴んで大通りに向かって歩き出そうとする。怖くて怖くて、僕は慌てて叫んだ。
「嫌だ!離して!!」
するとその声を聞いた周りの人々の視線が、たちまち2人に向けられる。
「クソッ!大声出すんじゃねぇよこのガキ!」
そう言うや否や、店員はどこからかナイフを取り出し、僕に向かって振り下ろした。
頬から血が流れているのが分かった。もう、どうしても逃げられない。再び振り下ろされそうになったナイフを、見ることなんてできずに、ぎゅっと目を瞑って覚悟を決めた。
「子供相手に大人が刃物を用いるなんて。」
ふと顔を上げると、誰かが僕の前に立ち、振り下ろされたと思ったナイフを掴んでいた。
金色に輝く髪、銀色の鎧、背中には大きな剣を背負っている。
「あ、ありがとうございます…」
僕がそう言うと、彼は振り返らずに返事をした。
「いや、君が危なかったから。それに、人を助けるのは俺の責務です。…下がってて。」
すると彼は素早く剣を取り出し、店員のナイフを軽やかにかわすと、見事な剣さばきで相手を壁に追い詰めた。
「わ、悪かった!あのガキはもういい、俺はもう子供に手ぇ出したりしないって誓う!!」
怯えて物乞いする店員を、彼は冷めた目で見る。
「お前には殺す価値も無いからな。殺しはしない。だが、警察には引き渡す。」
「よかった…死ぬくらいなら一生牢屋の中の方がマシだ。」
男を引き渡し、事件は落ち着いた。
僕は彼にお礼をしようと思い、頭を下げた。
「た、助けてくれて、本当にありがとうございました…」
彼はにこりと笑ってしゃがみ込むと、僕と目をしっかり合わせて言った。
「通りすがりの英雄が、助けを求める人を見捨てるわけがありません。それより、頬の怪我は大丈夫?」
「あ、はい。そんなに傷も深くなかったし。」
「それはよかった。君は強いね。偉かった。」
そう言うと彼は僕の頭をくしゃくしゃっと撫でてくれた。嬉しくて、安心して、いつの間にか泣いていた。
「頑張ったなぁ。よしよし。家まで送って行くから。さ、行こうか。」
彼は僕のことをひょいと抱きかかえて、歩き出した。ふと、何かを思い出したのか僕の顔を覗き込んで言う。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。」
「僕、は…イブラヒム、です。」
おずおずと名前を口にすると、彼は爽やかに笑って答えた。
「俺は英雄エクス。エクス・アルビオです。」
これが、英雄と子供の石油王の出会いだった。