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「はあ……」
「ステラ、また溜息ついているね。どうしたんだい?調子が悪いのかい?」
「いいえ、大丈夫です。モアンさん」
慣れてしまった光景。朝ご飯を用意して貰ったのにかかわらず、私は大きなため息をついてしまった。というのも、昨日の今日で、情報の整理がつかないのだ。モアンさんは、私を見て「それならいいけど、隈が凄いよ」とやっぱり心配してくれているようだった。申し訳ないと思いながらも、このはなしはできないと思った。モアンさんとシラソルさんに魔法を使って眠らせて、私は、聖女の歓迎パーティーに忍び込んでいたのだから。このはなしをして、どう思われるか分かったもんじゃないし、何より巻き込んでしまいそうな気がしたからである。
それはいいとしても……
(あの瞬間から、初代聖女ストーリーが始まったってこと?)
アルベドが帰るその瞬間、あの憎たらしいウィンドウがあらわれ、アルベドの頭上に、あの好感度が見えた気がした。といっても、見えたのは、表示された瞬間のただのハート。%までは見えなかったのだ。だから、アルベドの好感度を確認しようがなかった。
そうして、どういうルートで、このストーリーが進んでいくのかも全く分からない。不安しかない未来に、私は溜息しか出なかった。
「そうだ。ステラ」
外に出ていったと思ったら、モアンさんは何やら慌てた様子で帰ってくると私の顔見た。まだ、変なかおをしているのだろうか、と自分の顔をぺたぺたと触ってみたが、どうやらそう言うことじゃないらしい。
「今日だったかな、違う……明日かしら。一度、グランツがこっちに戻ってくるって言うのよ」
「グランツが!?」
私はガタン、と椅子を倒してしまった。モアンさんは驚きつつも、うんうんと、頷いてくれる。昨日の今日、ストーリーが始まったからだろうか。攻略キャラと関われる機会が増えたのか。それともただの偶然か。しかし、グランツに会える、それだけで私の心は跳ね上がった。本当に単純だと思う。
でも何でモアンさんは、私にこのはなしをしてくれたのだろうか。そう不思議に首を傾げていれば、モアンさんは、私の方にやってきた。
「ほら、あんた会いたがっていたじゃない。私らにとってもね、グランツは息子のような存在だから、兄妹が出来たってもしかしたら、グランツ喜ぶかも知れないって思ってさあ」
「は、はい。はあ……」
何て反応を返せば良いか分からなかった。グランツが兄だという風に見ているのか。でも、どちらかというと、グランツは、弟のような感じだし、性格もそうっぽいし。私が、妹……後からこの家にやってきたから、ということになるのかも知れないけれど。
それは置いておいて、グランツが何故この家に帰ってくるかも謎だった。だって、あっちに宿舎があるのなら、こっちに帰ってくるような性格じゃないし。
(まあ、何にしてもチャンスってことよね)
好感度が表示されるようになった今、彼の好感度も見て分かるようになった。いっちゃ悪いけど、グランツは好感度が上がりやすかったし、どうにかなりそうとも思う。まあ、ダメだったとしても、マイナスにならないように気をつければいいだけだし、モアンさんが拾ったという自分と同じ境遇である私を邪険に扱わないだろう。あくまで、私の考えだけど。
「明日だね、きっと明日だ。ステラも、色々手伝ってくれるかい?」
「勿論です」
私は、笑顔でそう答えた。モアンさんも、グランツが帰ってくるのが楽しみなようでソワソワといった感じに横に揺れていた。息子の初めての帰省、でもあるからだろう。私には分からない感覚だったけど、モアンさんが笑顔でいるのは何だか嬉しかった。
モアンさんは早速、町に買い物に出かけてくると張り切って家を出ていった。私はそんなモアンさんを見送りながら、自室へと駆け込む。
自室の鍵付きの引き出しを開けて、私は状況を整理することにした。
「昨日、いきなりストーリーが始まって、好感度が現れ始めた……っと。で、攻略キャラは、エトワールストーリーとは出会い方が違う……いや、そうなんだけど」
当たり前の事をかきだしているので、これでいいのかな? 何ても思った。でも、私しか見ないメモだしこれぐらいいいだろうと書き進める。
まだここに来て会ったのは、アルベドだけ。しっかり顔を見たというか、話したのもアルベドだけなのだ。あのパーティーにリースや、ブライトも参加していただろうけど、彼らを直視出来なかった。エトワール・ヴィアラッテアに見つかるのも危険だし。
私はそう筆を進めていって、ピタリと手が止ってしまった。インクが滲んでいく。
「リース……」
此の世界のリースはどうか分からない。でも、中身は遥輝だと思う。そんな彼が、エトワール・ヴィアラッテアに惚れるだろうか。いや、彼女のことだから、何かしらの魔法で、心を縛っているのかも知れない。だとしたら、今のリースは、私の事なんて……
(そう……か、私との記憶も忘れている可能性があるって事よね……)
一番考えたくなかった、忘れていたことを思い出し、私の胸はギュッと締め付けられた。時間がまき戻った。なら、此の世界に私はきていない、ということになるし、その召喚されたのは本物のエトワールで。えっと……だから……だったとしたら、遥輝は、エトワール・ヴィアラッテアを好きにならないんじゃないかと……といわれたら、魔法でそこら辺はどうにか出来て。
頭がこんがらがってきたので、私は一旦ペンを置いた。
実際顔を合わせるまではどうか分からない。だから、まだ希望を捨てちゃいけないと。けれど、アルベドが私のことを覚えていなかったと考えたとき、皆も矢っ張りそうなんじゃないかって。好感度が上がれば、記憶は取り戻すらしいけれど、どれだけ好感度を上げれば良いかも分からない。先の見えない不安と、思い出して貰えるか……でも、思い出して貰ったときに、必ず私が殺された時の映像が彼らの中によぎるんじゃないかと思った。
リース、グランツ、ブライト、アルベド、ルクス、ルレフ……ラヴァイン。彼らの記憶を全部取り戻すには、どれだけの時間がかかるだろうか。
そして、此の世界は再び災厄に見舞われ、混沌をたおさんと、聖女の力を欲している。今のところ、エトワールが聖女じゃないというような話は聞かない。此の世界を掌握するほどの記憶操作なんてどう崩せばいいのか。
「分からない……」
魔法の恐ろしさ。便利だけじゃない、その力に、私は恐怖すら感じていた。魔力が無限大だったとしても、使う私が理解していないとその心の強さを発揮できない。魔法も磨かなければならないと思った。
そんな風に私は紙を机の中にしまうと、ドアの隙間から誰かが覗いているような、そんな気配を感じた。
「誰!?」
振返ったがそこには誰もいない。私は先ほど、扉を閉めたはずだった。モアンさんがいようがいまいが、私は扉を閉めるようになった。誰も、私の中に入ってこさせないようにするためか。警戒心が高まったからか。だから、必ず閉めたはずだった。なのに、どうして開いているのだろうか。ギイギイと、立て付けの悪い扉が悲鳴を上げている。
私は急いで廊下を出て階段の方を見る。すると、階段を誰かが降りていくような影を捕らえた。
「逃すもんですか」
私はすぐさま階段を駆け下りたが、リビングにも、一階の廊下にも誰もいない。だが玄関が開いていたため、そこから逃げたんだろうと、私は外に出る。勿論、誰かが何処かに隠れている気配もないのだ。
「気のせい……じゃないのよね……何これ、ホラー過ぎない?」
謎の商人、魔法を森で使っていたときの視線。最近はそんな視線に悩まされている。しかし、それがエトワール・ヴィアラッテアのものじゃないというのだけははっきりとしていた。まだ彼女にバレていないはずなのだ。バレていたら、何かしら私の情報を掴んで手を出してきているはずだから。それだけはないと確信を得ている。
なら、一体誰なのか。
「……」
魔力も感じなければ、男なのか女なのかも分からない。でも、隠れるのが得意で、私から逃げるのも得意と言うことだけは分かった。そんな人間が私の近くに果たしていただろうか。記憶を遡る限り、思い出せなかった。そんな、高度な技術を使って私を監視できるような人間は、今のところいない……と。
「敵……じゃなければ良いんだけど」
実害はない。だから、放っておいても大丈夫だろうか……けれど、不安だ。そんなことを思いながら、私はもう一度辺りを見渡し、家の中に入った。明日は、グランツがくるからそれに供えないと。また、変なことをいったら大変だと、私は頭を切り換えた。強い風がふいて、黒い枯れ葉が宙を舞い、家の中へ入ってきた。