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「あー…楽しかったぁ…ありがとな」
小さな稽古場の隅、ふたりは床に座り込んでひと息ついていた。リコが寿司子に缶コーヒーを渡す。
震える指でプルタブを上げる。なんとも言えない高揚感でまだドキドキが止まらない。一口コーヒーを口に含む。甘さが喉に染み込み、ようやく声を出すことができた。
「……稲瀬さんも、ピン芸人目指してるんですか?」
「リコでええよ。んー…でもさ、最近思うんよ。うち、ピンやとテンション持たへんねん。ピンネタってボケ倒しとかやろ? やっぱ、うちはツッコミ体質やし…」
わかる。この人が一人で舞台に立つのは少し想像が難しい。
「せやけど、寿司子もやろ?一人でボケてても、ツッコんでくれる人おらんかったら……ただの変な人やで?」
変な人と言われ、内心ちょっとムッとしたが、言われてみれば確かにそうだ。
「そや!あんたのそのセンス、もっとたくさんの人に届けなあかんわ!
うちが、お客さんに分かりやすく“通訳”したるから!」
リコの言葉には、何の迷いもなかった。その真っ直ぐな瞳に、寿司子は胸を打たれた。
「それって…?」
リコがにやりと笑って、寿司子に小声で言った。
「うちら本格的にコンビ組んでみよや。次のネタ見せから、即席でええし」
「えっ、私と?」
寿司子は一瞬言葉を失った。まさか、自分のような人間とコンビを組みたいと言う人がいるとは。
「ええやん、うちら、寿司と稲リやで? 絶対運命やん。イナリズシやん!」
「イナリズシ……」
「ほな、コンビ名も“イナリズシ”でいこか? ちょっと変わりネタで地味やけど、好きな人には外せへん…うちらみたいやん?」
「うん……寿司ネタとしては、ちょっと異端だけど……嫌いじゃないです」
「よっしゃ、決定や!」
こうして、
異色のコンビ、「イナリズシ」が誕生した。
寿司子のシュールな発想とリコの明るくパワフルなツッコミ、標準語と関西弁、二人の化学反応が、今、始まるのだった。
続く