「…えっ…と。慎太郎くん…?俺は一体どこに連れて行かれるんでしょうか…?」
シンが店にやって来たのは正午を少し回った頃。突然、ランチ食べに行きませんか?そう言うなり、湊の手を引いて外に待たせてあったタクシーに半ば強引に押し込まれた。
それから、かれこれ無言のまま20分以上車を走らせた後、堪えきれずに湊が尋ねた。
「言ったじゃないですか。ランチ行きましょう。って」
「…うん、それは聞いた…にしても、ちょっと遠くねぇか……?」
ランチ。にしては、あまりにも遠くまで来ている事に湊は不安を隠せないでいた。
あまり来たことのない場所。
海沿い近くのコインランドリーからはかなり離れている。
こんな場所まで来て、一体何を食べると言うのだろうか…。
そうこうしていると、車が左折し建物のエントランス前で止まった。
「着きました」
「…えっ…!?」
窓の外を見て、湊は目を大きく見開いた。目の前には、まるで別世界に来たような洋館が建っていた。
まさか…ここじゃ…?
「早く。湊さんも降りてください」
湊の不安をよそにシンはさっさと車を降り湊にも降りるように促す。
「あ…あぁ……」
言われるまま車を降りると、その建物の凄さに圧巻され立ちつくしてしまう。
「どうしたんですか…?」
呆然とする湊の顔を覗き込みシンは、軽く微笑む。
「俺はてっきり近所の定食屋にでも…」
今更ながら、これから入ろうとするこの高級感漂う洋館にはあまりにも似つかわしくないであろう、Tシャツとラフなズボンの自分の姿がなんだか恥ずかしくなる。
「俺…場違いじゃ……」
立ち尽くしたまま足を踏み出そうとしない湊に
「いいから…」
そう言って、手を取り中へ連れて行く。
「お…ぃ……」
急な展開であまり気にも留めていなかったが…シンの服装は薄手のコートで隠れているがその下はやけに大人びた…いや…正装の様な格好をしている事にようやく気がついた。
自分だけ…ずるい…。
1人だけ浮いてしまっている事がわかると、ますます恥ずかしくなって俯いてしまう。
「予約していた。香月です」
フロントでシンが言うと、案内人らしき女性が微笑み、こちらです。と、建物の奥へと誘導してくれる。
建物の内部は、アンティーク調の家具や装飾を施していて、まるで異空間に来たみたいでその空気の違い、重厚さについキョロキョロしてしまう。
「どうですか…?」
手を引きながら前を歩いていたシンが湊を振り返り聞いてきた。
「…すげぇ…よ…」
そんなありきたりな言葉しか出ない程、此処の場所の雰囲気に圧巻されてしまっていた。
途中、天井が2階まで吹き抜けている広く高い空間にはモノクロのチェック柄のタイルの上に椅子が4脚並べられたテーブルが数セット設置されてあった。周囲はアーチ状にくり抜かれた本物の石が囲んでいる。
その奥の通路の前まで案内されると立ち止まり、
「この奥でお連れ様が既にお待ちになっています」
とだけ言うと、女性は一礼してその場から去って行った。
「……ん?」
お連れ様……?
状況が飲み込めない湊がシンを見上げると
「行きましょう」
何の疑問も持っていない顔のシンは迷わずドアのノブに手をかけ扉を開く。
そこには
「おっせぇよシンっ」
「待ちくたびれちゃったよシン兄」
テーブル席に明日香と桜子が既に座っていた。
「お…お前ら…なんで……?」
2人を交互に指差した。
「シン…もしかしてアキラさんに何も言ってないの?」
「あぁ…」
「なるほどね…だからアキラさんいつものその格好ね…」
明日香は湊のいつもと変わらない服装を上から下まで一瞥する。
「…っ!…見んなっ!」
なんだか気恥ずかしくなって咄嗟に両手で服を隠くし横を向く。
「シン兄。はい。頼まれた湊さんの服、持ってきたよ」
「ありがとうな。桜子」
差し出された荷物をシンが受け取る。
「ちょっと、待て!話が見えねぇって!だいたいなっ…!」
よくよく2人を見ると、明日香も桜子もこの場に相応しい正装の出で立ちをしているではないか…。
シンの目論見が少しだけわかった気がした。
「なるほど…な…」
フロント脇に置いてあった看板には、確か…『ブライダルフェアー』と書かれていた……。
故に此処は…いわゆる……結婚式場なのだ。
「ランチに行くんじゃなかったのかよ……」
拗ねるように呟く。
「すみません、湊さん。前もって話すると嫌がって来てくれないと思って内緒にしてました」
「………よーく…わかってんじゃねぇか……」
「はい。湊さんの事ならなんでもっ」
得意気に話すシンに嫌みの一つでも返してやりたかったが、爽やか過ぎるその笑みに全てが帳消しになる程見惚れてしまう。
あまりにも大人びたシンの姿格好が、この場の雰囲気に似合い過ぎていたから…。
「とりあえず、湊さんこれに着替えてください」
急かされるように、先程桜子から受け取った荷物を渡され、奥の部屋へと背中を押される。
1人部屋に入れられるとドアを閉められた。
「お…おぃっ!」
入った部屋には大きな鏡と長椅子が置かれ、ここが控室だという事がわかった。
袋を抱えたまま長椅子に座り込み、周囲を見渡す。
これから何が始まるのかと想像するのが怖くなって肩をすくめた。が、もう既に遅い…。
覚悟を決め袋を開けると、新調したであろう服が入っていた。
「ここでこれに着替えろ…ってか…?」
はぁ…と、ため息をつきながら湊は渋々着替え始めた。
※※※
「湊さん…?」
ドアの外からシンの声が聞こえた。
「着替え。終わりましたか?」
「……あぁ…終わった……」
少し不貞腐れて湊が答える。
「ドア…開けて良いですか…?」
謙遜気味にシンが聞く。
「お…ぅ……」
「失礼します…」の声と共にシンが入ってきた。
中には鏡を背にし、あごを上げ、顔を引きつらせた湊が立っていた。
緑に白縁のセーターカーディガンの上に濃い紺色のジャケット。パンツはジャケットよりも深い緑の混ざった色だった。
難しい色の着こなしだが、スラッとした湊にぴったりなコーデだった。
「これで満足か…?」
シンに向かって仁王立ちをする。
その姿にシンは瞬きひとつせずにじっと見つめ立ちつくしていた。
「……」
反応の無いシンに少し不安になる。
「シン……?」
「……」
「…おぃ?」
「……可愛い……」
「…はぁぁぁああっ?!」
シンの顔が元来のイケメン顔からだらしないにやけ顔に変わり、湊は頬を引きつらせる。
近づいてくるシンになんだか嫌な予感がして咄嗟に身構えてしまう
シンはゆっくり湊の目の前まで近づいて来る。そして、
「可愛い過ぎです。湊さん……今すぐ抱きしめても良いですか?」
真面目な顔つきでそう抜かしてきた。
眉をしかめ、シンを見る。
嫌な予感が当たったとシンから一歩下がった。とりあえず確認の為
「抱きしめただけで終わるのか?」
聞いてみた。
「終わるわけ……」
「でしょうねっ!!絶対ダメっ!!」
顔の前で、腕を交差して大きくバツを作った。
※※※
後編へ続く。
【あとがき】
生「素直になれよ」を聞いた瞬間に叫び崩れ落ちた、月乃です笑
まだ後編書き上げていませんが…前作から少し時間が空いてしまったので、前編として少しだけ投稿させていただきました♪
今作は、 2nd EPのジャケ写をモデルに、YELLを爆リピして雰囲気を参考にさせていただき書いた作品です。
ぜひ、そちらを見ながら、聴きながら読んでいただけるとより楽しめるかもしれません(//∇//)
後編は、もう少し時間をください。。。
では、また…後編にて……。
2025.4.23
月乃水萌
コメント
3件
きゃーー!🫣ブライダル…いい🫶🏻
小説家ですか?マジで上手い本だした方がいいですよ
今回の物語も最高ですね♡♡ ブライダルに行ってるシンと湊さんもいいですね😊また楽しみに待ってますね💕︎