テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
命を受けた兵たちが一斉に動き、防寒性の優れたニンルシーラ特製の毛皮付き外套をまといながら続々と外へ出ていく。
ランディリックも厚手の羊毛製マントを翻し、彼らとともに屋敷を後にした
吐く息は白く、冬の空気は鋭い。雪を踏みしめながら進む一行の背後に、城壁の影が長く伸びている。
歩を進めながら、ランディリックの思考は先ほどの報せへと戻っていた。
クラリーチェが不在となれば、リリアンナの教育はどうすべきか。
あの穏やかな指導に勝る者はそうそういない。臨時に誰か学のありそうな侍従へ教育を引き継がせるか、それとも自ら見てやるべきか――。
そんな思案を胸の内で巡らせていた、そのときだった。
甲高い悲鳴が、凍てつく空気を震わせた。
「――っ!?」
ランディリックの胸が鋭く締め付けられる。耳に届いたのは、確かに図書室で勉学に励んでいるはずのリリアンナの声だったからだ。
何故? と思うよりも早く身体が勝手に動いていた。本来ならば兵に指示を飛ばすべきところなのに、それにすら頭が回らなかった。上官としてはあるまじき行為だが、そんなことを考えていられる余裕などなかった。
突如、何の指令もなく雪を蹴って駆け出したランディリックに、兵士たちがざわめく。城主としては軽率極まりない行動だが、あの声を聞いてじっとしていられるはずがなかった。
「ランディリック様!」
慌てて後を追う兵の声も耳に入らず、ただ一直線に声のした方を目指したランディリックの目に、今にもリリアンナに飛び掛かろうとする真っ白な獣の姿が飛び込む。
ランディリックは走りながら帯刀していた剣をさやから抜くと、リリアンナと宙を舞うオオカミの間に立ちはだかった。
グッと身を低めて真一文字にオオカミの首筋を切り裂くと、刹那、赤い血しぶきが雪を染める。剣圧によって払い飛ばされたオオカミの口から、断末魔の咆哮が雪原に響いた。
赤黒い血が、獣の身体を中心にじわじわと白を侵していくように広がり、やがてオオカミは完全に動かなくなった。
***
その様を見下ろしながらはぁっと落とした吐息が白か霞んで静かに空気に溶けていく。雪上にもかかわらず、大量の血が流れたからだろう。鉄くさいにおいが鼻を刺した。
「……ランディ……」
リリアンナの掠れた声に、ランディリックは剣先から滴る血をひと振りで払い、残る穢れを雪で清めると、ようやく刃を鞘に収めて彼女の方を向く。
「リリー」
ランディリックが彼女の名を呼ぶと同時、恐怖で固まっていた身体がふいに解けたように、リリアンナがランディリックの胸へ縋りついてきた。
彼女のすぐそば、雪の上にまだ尻餅をついたままになっているナディエルを、遅れてたどり着いた兵士の一人が助け起こしているのを横目に、ランディリックはリリアンナを腕の中へ抱き締める。
緊張の糸が切れたからだろう。リリアンナの両目に涙が滲んだ。
それを指先で優しく拭うと、
「大丈夫だ。もう心配ない」
低く落ち着いた声音でリリアンナの背中を優しく撫でる。
腕の中のリリアンナは小さく震えていたけれど、少しずつ〝本当に助かったのだ〟という事実が胸を満たしてきたのだろう。
ランディリックは、抱き締めたリリアンナの身体のこわばりがゆるゆると緩んでいくのを感じた。
だが――。
コメント
1件
「だが」なに!?