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「……カイル!」
はっとしたように叫んだリリアンナが、突然ランディリックの腕を振りほどき、雪の上へ倒れ込むもう一人の影に駆け寄っていってしまう。
右腕を押さえたまま、顔を歪めて呻いているカイルのそばには、すでに他の兵士がいて、彼の傷の具合を確かめていた。
だが、医療班がいるわけではない。グッと押し当てられた布地を朱に染めてもなお止まらない血が、雪にポツポツと赤いシミを広げていく。
リリアンナは兵士が押さえているカイルの傷を見るなり、彼のすぐそばに跪いた。
「カイル! どうしよう! 私のせいでこんな大怪我……!」
膝をついた裾や、カイルに触れるそで口が雪や血で濡れるのもかまわず、リリアンナがカイルの腕に必死で手を伸ばす。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいて、頬を伝う熱が寒気の中でも消えずに残っていた。
そばでカイルの傷を押さえていた兵士が、思わずその役目をリリアンナに譲ってしまうほど、彼女の姿には鬼気迫るものがあった。
ナディエルが、そんなリリアンナを見つめて「カイルがいなかったら今頃お嬢様も私も……」とつぶやくのを横目に、ランディリックはグッと拳を握りしめる。
ランディリックは己の胸の中に、説明のつかぬどす黒い感情がふつふつと沸き上がるのを感じていた。
危険があったのを一早く承知していながら、大切なリリアンナを危険な目に遭わせてしまったからに違いない。
きっとそれが理由だと思うのだが、それだけではない気もしてしまう。
リリアンナが他の男の名を叫び、涙を浮かべてその身を案じる姿が、どうしようもなく胸に刺さっていた――。
***
「カイルを屋敷へ」
別にリリアンナをカイルから引き離したくてそう指示したわけではない。
単純に、ここへこのままいても治療が出来るわけではないという考えから出た指示だった。
ランディリックの言葉に、カイルに縋りつくリリアンナの勢いに押され気味だった兵士たちがハッとしたように居住まいを正す。
「畏まりました、ランディリック様」
そんな声とともに、リリアンナに「リリアンナお嬢様、ここは我らに」という声がかかった。
「リリアンナ、そのままではカイルも治療が受けられないよ」
ランディリックが宥めれば、やっとリリアンナがカイルから離れて少しわきへよける。
それを見計らったように兵士たちが手際よくカイルを抱え上げ、屋敷の方へと運び始めた。
ランディリックはてっきりリリアンナが自分の傍らへ戻ってくると思っていたのだが、予想に反してリリアンナはカイルから離れようとしなかった。
「カイル、ごめんなさい……。私のせいで……!」
泣きそうになりながら、兵士らへ抱えられ城へ向かうカイルへ必死に謝罪の言葉を紡ぐ。そんなリリアンナに、痛みに顔を歪めながらもカイルが懸命に唇を動かした。
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