テラーノベル
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「うわぁ……めっちゃ綺麗だな‼︎」
7月7日の七夕の日、物怪瑠衣はとある山の上にいた。
朝から長期の依頼を終わらせ、正直もう帰りたいという思いの方が強いのだが。
それでも……やっぱり、好きな人と2人で星を見たい。
この想いが、瑠衣の眠気と疲れをどこかへとやってしまったのだ。
その好きな人というのは__
「まるでガキみたいな感想だな」
「なんだと⁉︎誰でもそう思うだろ‼︎」
瑠衣の隣で悪態をつく、青髪でいたずらっ子のような顔を浮かべる彼。
彼こそが、ホークアイズの探偵であり、瑠衣が密かに思いそ寄せている相手の、司波仁。
瑠衣と共に仁の記録者を務めている枯柳杖道は、瑠衣の心情を知っているため、この場にはいない。
仁も悪態はつくものの、紺色の空に点々と散りばめられた光を、まるで子供のような瞳で見ている。
その横顔も、普段の仏頂面なところも、全部含めて愛してしまう。それが瑠衣の本音だ。
数秒か数分か、しばらくの間2人の間に沈黙が流れる。
でも不思議と気まずくはなかった。鈍感な瑠衣でも、その理由くらいわかっていた。
「なぁ、瑠衣」
「んっ?なんだよ仁」
それを破ったのは、いつもより声を萎ませた仁だ。
いつもなら瑠衣の方から沈黙が破られる、というのがお決まりなのだが、今回は違うらしい。
名を呼ばれ、2人っきりになって初めて、仁の顔をちゃんと見た。
いつもの冷然とした表情に見えるが、どこか落ち着いていないように見える。 少し耳も赤い。
「どうしたんだよお前?なんか顔赤くね?熱でもあんのか?」
その答えは返ってこなかった。いや、できなかったの方が正しいだろう。
「……瑠衣」
「だから、なん……んぐっ⁉︎」
いつまで経っても答えてくれない仁に少々腹が立ち、顔を覗き込んだ時だった。
急に仁が瑠衣の後頭部を掴み、無理やり自分の唇を瑠衣の唇に重ねたのだ。
スキンケアとかに興味がないからか、仁の唇は少々乾燥していて、パサパサしていた。
いきなりのことに瑠衣は思わず、仁の胸を何度も何度も叩く。
それを見て、仁は少々不機嫌になりながらでも、口を離した。
「お、まえ‼︎何すんだよ‼︎」
好きな人からのキスでも、急にされるのはやはり恥ずかしい。それは仁なら尚更だ。
仁は瑠衣のことをなんとも思っていない。そう思っていたのだから。
「お前が好きだ。瑠衣」
「……はっ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。それには呆れと放心、どちらも含まれている。
仁の方をみると、余裕がなさそうな顔をしており、耳はさっきよりずっと赤くなっている。
それは、いつもの仏頂面の、探偵としての仁からは到底考えられないことだった。
背景の星空のせいで、それがより引き出されてしまう。
「それって、どういう?」
「お前が好きなんだ、これで伝わるだろ」
「いや説明下手くそかよ⁉︎」
平常を保れるよう精一杯頑張っているつもりだが、瑠衣の顔はすでに茹蛸のように真っ赤だった。
仁以上に、顔も耳も全てが赤い。
いつもみたいに煽るような言い方をしているが、実際それはただの照れ隠しに過ぎない。
そんな瑠衣の態度を見て、仁は観念したかのような顔をして、瑠衣と正面で向き合う。
その眼差しは、まるで大切な宝物を見ているかのようだった。
「俺はお前を恋愛的な意味で愛している。お前はいつも明るくて、まっすぐで行動力もある。破天荒なところもあるけど、誰にでも優しい。行儀は悪いが、マナーはちゃんとしている。それから……」
「やめろやめろ‼︎十分伝わったから‼︎あと、途中俺のことディスってただろ」
永遠に好きなところを述べそうな仁の口を、瑠衣は慌てて手で塞ぐ。
照れて顔を赤くしている様子に、仁は最初びっくりしていたが、すぐに上機嫌になった。
それが、照れ隠しだと分かっていたから。
「それでどうなんだ?返事は」
ふっと口元を緩ませ、優しい瞳で瑠衣の顔を見る。
仁は顔も声もいいため、それにドキッとしない人は、おそらくこの世にはいないだろう。
もう、瑠衣の答えは決まっていた。最初から。
「……それじゃあ、毎日俺がお前の味噌汁作ってやるよ」
ポツリと、か細い声でその場で呟く。
仁はその言葉を聞き取ることはできたものの、意味がわかっていないようなのか、首をわかりやすく傾げる。
「なんでここで味噌汁が出てくるんだ。あと俺は和食派じゃねぇ」
「空気読めよお前‼︎そのままの意味で捉えるなよ‼︎これはプロポーズとか、そういう時に使ってだな……」
自慢げに説教を続けていると、急に仁が瑠衣の目の前へたつ。
さっきも距離は近かったが、今度はゼロ距離。逃げられる距離じゃなくなっていた。
「あの……仁さん?どうしたのでしょうか?」
「それってつまり、結婚したいってことなのか?」
「は、はぁ⁉︎んなわけねぇだろ!!まずはお付き合いから始めましょうって意味だよ‼︎バカ‼︎」
瑠衣がさっきよりも強く、仁の胸を叩く。
それからしばらくして、どちらかからなのかはわからないが、唇をゆっくりと重ねる。
空にはさっきと同じ星々が、さっきよりも光り輝いているように見えた。
まるで、2人の門出を祝福してイルカのようだ。
空に一つの光の筋が見える。
咄嗟に、瑠衣はこう願った。
__仁と過ごす時間が、ずっと続きますように
神様は不公平だ。
幸福な人には不幸を与え、不幸な人間にはさらなる不幸を与える。
人間、という駒がどのような物語を作るのか。それを想像し、創造させる。
私たちを試し、弄び、飽きたら捨てる。その繰り返しだ。
瑠衣がこの時願った願い事も、神様からすればただの遊びの材料に過ぎなくて。
星々に散らばる神様の中のうちの1人が、皆にこう言った。
「この願いを叶えてあげよう。しかし、我の試練を乗り越えられたら、だがな」
それに、ほぼ全ての神様が賛同した。暇を持て余すための、ゲームとして。
記憶か、感情か。愛か、哀か。
それらを決めるのは全て__紛れもない、私たち人間のはずなのである。
コメント
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いえい!楽しみにしてる!