テラーノベル
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ご本人様は一切関係ございません。
いるまがすちの手を取ったのはほんの気まぐれみたいな顔をしていたくせに、その指先はやけに迷いがなかった。
「……爪、切りたい」
低くて落ち着いた声。
いつもなら聞き流してしまうような一言なのにすちはなぜか反射的に瞬きをした。
「え、今?」
ソファの上、並んで座っている距離。 テレビはついているのに二人とも見ていない。午後の光がカーテン越しに淡く差して、部屋の中をぼんやり温めていた。
「今。」
いるまは短く答えて、すちの手を離さない。
指先を包む掌が熱くて、すちは理由もなく喉が詰まった。
「……なんで?」
そう聞いた瞬間いるまの目が細くなる。
ほんの一瞬獲物を見つけたみたいな光を宿して口角がゆっくり上がった。
「誘ってんだよ」
「………っ!?」
脳が一拍遅れて意味を理解した瞬間、すちの顔が一気に熱を持った。
「な、なに言って……! そ、そういう意味で聞いたんじゃ……」
手を引っ込めようとするがいるまの指が逃がさないというように強く握る。 親指がすちの指の腹をなぞる。ゆっくり、確かめるみたいに。
「わかってる」
近い。声も、距離も。
視線を上げると、いるまはすちの反応を楽しむみたいに見下ろしていた。
「でもさ、爪切らせるってことは俺に手預けるってことだろ」
「……それ、普通に言わなくていいやつ……」
「つまり無防備になるってこと」
低く囁かれて、すちの心臓がうるさく跳ねた。
こういう時いつもずるい。 顔は涼しげなのに言葉だけが容赦なく距離を詰めてくる。
すちが照れるのを知っていてわざとやっている。
「……ずるいなぁ」
「今さら」
くすっと笑って、いるまはテーブルに置いてあった爪切りを手に取った。 金属が小さく音を立てるだけで、すちはなぜか緊張してしまう。
「ほら、手」
「……切らなくてもいい気がするんだけど……」
「俺が切りたい」
即答だった。 その一言に、すちは反論できなくなる。 そしてそっと手を差し出す。 いるまの指がすちの指を一本ずつ取っていく。
爪先に伝わる冷たい金属と掌の熱。その対比が妙に生々しい。
「動くなよ」
「……それ、今言われると逆にドキドキする……」
「じゃあ我慢しろ」
そう言いながらいるまの声は優しい。 爪切りの音が静かな部屋に小さく響く。
ぱちん。 ぱちん。
指を持つ力は強くないのに、逃げ場がない感じがして、すちは無意識に息を詰める。
「……緊張しすぎ」
「いるまちゃんが変なこと言うから……」
「変なこと?」
そう言って、いるまが顔を上げる。
至近距離で目が合ってすちは一気に視線を逸らした。
「……わざとでしょ」
「バレたか」
軽く笑って、でも指は離さない。
次の指に移る時、いるまの指がすちの手の甲を撫でる。
ただそれだけなのに胸の奥がじわっと熱くなる。
「……なぁ、すち」
「なに……」
「俺に触られるの、嫌?」
不意に真剣な声になる。
すちは驚いて、もう一度顔を見る。
「……嫌なわけない……」
小さく答えるといるまの目が柔らかくなる。
さっきまでの意地悪な光が消えて、代わりに深い安心みたいな色が宿った。
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「だよな」
そう言って、すちの指を両手で包み込む。爪切りの作業はもう終わっているのに、離さない。
「……終わったなら、離して……」
「無理」
「え?」
「せっかく誘われたんだから」
その言葉にすちの顔が再び赤くなる。
「だからそれ、言い方……!」
「でも事実だろ」
いるまはすちの手を自分の膝の上に置いたまま、親指で指先を撫で続ける。 まるで、ここは自分の場所だと確認するみたいに。
「爪切るのってさ、俺、結構好きなんだよね」
「……なんで……」
「すちが逃げないから」
静かに確かめるように言われた言葉が、胸に落ちる。
「俺に触らせてるの、当たり前みたいに思ってるけどさ」
いるまが視線を落とす。
その表情は、珍しく無防備だった。
「……それ、めちゃくちゃ嬉しいんだよ」
すちは何も言えなくなる。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。爪を切らせる。手を預ける。
それがこんな意味を持っていたなんて思いもしなかった。
「……いるまちゃん」
「ん?」
「……離さないで」
ほとんど無意識だった。
言葉にした瞬間、すち自身が驚く。
いるまの目が大きく開いて次の瞬間、ゆっくり細められる。
「……ほんと、誘うの上手くなったな」
そう言って、すちの手を握り直す。
指と指を絡めるみたいに、逃げ場をなくす。
「俺が離すわけないだろ」
その声は低く、確かで、優しかった。 すちはもう、照れることしかできなかった。
指先から伝わる体温が、心臓までまっすぐ繋がっている気がして。
午後の光の中で、二人の影が静かに重なった。
コメント
3件
書くの上手すぎない!? めっちゃ最高✨ 続き待ってます!!