テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
はぁ、ダメだ。普段なら流せることもネガティブに受け取ってしまってる。
当たり前じゃないの、私はもう30代。あの子たちとは違う。ちゃんと年相応の恋愛をすればいいだけ。
立ち上がろうとした時、スマートフォンが震えた。通知に気づいて電話に出ると高校の同級生、沙耶だった。そうだ、今日は高校の同窓会で、私は同僚の結婚式があるから行けなかったんだった。大方、酔って電話をしてきたのだろう。私の話題でも出たのかもしれない。
「春美ー。結婚式終わった? 」
「終わったとこ。沙耶は、同窓会終わった? 」
「うん。終わりかけ。ね、今前に誰がいると思う? 」
「誰? んー、誰だろう。牧ちゃん、とか? 」
牧ちゃんとは、当時の担任だった牧先生のことだ。若い先生で私たちとは10も離れていなかった。
「ハズレ。……誰だかわかる? 覚えてるかな、俺のこと」
電話は沙耶から誰か。低い声に変わっていた。
声でわかったわけじゃない。沙耶の『誰がいると思う? 』というもったいぶった言い方とわざわざ電話をかわるというやりとりで悟った。気持ちが18のあの頃に戻ってしまう。少し気取った声を出した。
「もしかして、眞鍋くん? 」
「お、正解。よくわかったね」
「うん、元気? 」
「元気元気。東谷、今日来るかと思って、会えるの楽しみにしてたのに」
「うん。私も、会えなくて残念」
緊張して指先が震えた。もう、何年も前の話だけど、私はこの真鍋くんにそれはそれは熱心に片思いをしていた。
「ねぇ! 春美。眞鍋くんってさ高校の時、春美の事好きだったんだって」
「ちょ、言うなよ。言わない約束だろ」
眞鍋くんの電話口から沙耶のテンションの高い声が聞こえた。え、と驚く。眞鍋くんも?あの頃私たちは両想いだったってこと?どっと頬が熱くなって紅潮するのがわかった。
「はは。眞鍋くん逃げちゃった」
電話口には再び沙耶が戻って来た。酔ってるのか、いつもより遠慮がない。
「え、ねぇ。さっきの話だけど……」
「うん。眞鍋くんが、やたら春美が来ないこと残念がってたからさ、もしかしてーって問いつめたら白状した。今日も春美に会えたらなって思いながら来たらしいよ! 」
「そうなの!? 私も……」
行けばよかった!そう言おうとした時だった。
「まぁ、今は二児のパパだって。どっちも女の子で写真見せてもらったけど可愛かったよ。奥さんもきれいな人だった。同窓会の最中もさ、ね、ずっと奥さんのこと気にしてたよ。一人で大丈夫かなぁって。下の子がまだ小さいみたい」
「あ、そう。そうなんだ」
良かった。私も会いたかった!なんて感情のまま言ったりしなくて。恥をかくところだった。
「うん。ただ懐かしいねーって。残念だったね、春美」
「え、わ、私は別に」
「あの頃、告白しとけばよかったね」
な、なんだ。あの頃の話か。今、期待したでしょって意味かと思った。
「そう、かな。でも、あの頃はあれでよかったんだよ。でないと受験失敗してたかもしれないし」
両思いだってわかってたら居ても立っても居られなくて、勉強どころじゃなかっただろうなと思う。じゃあ、今の会社に入社出来なかったかもしれないしこのキャリアはなかったかもしれない。……なんて、これでよかったって思わないとやってられない。だって、もうあの頃には戻れないのだから。
キャリアではない何かを手に入れていたかもしれない。私にも可愛い娘が……。やめよう、不毛だ。
淡い恋の思い出が好印象として残ってるだけ。なんて日なんだろう。過去の恋ばかりにスポットライトが当たるなんて。
どこへ持って行っていいかわからない気持ちをぎゅっと両手で握りしめた。
――靴擦れの足を引きずりながら駅へと向かう。
改札を通ろうとICの入ったスマホを出そうとするが、あるべきところに無く、後ろの人を待たせて眉間に皺を寄せられてしまった。
「すみません」
と呟いて人の流れを邪魔しないように脇へずれてスマホを探すが見つからなかった。
どうしたっけ、さっき、沙耶と話して……。そうだ、バッグに入れずに雑貨屋さんで買い物したエコバッグにボソッと入れた。エコバッグ、エコ……。サーッと血の気が引く。手にエコバッグを持っていなかった。
……ベンチ。きっとベンチに置きっぱなしにしたんだ。
ダメだ気もそぞろにぼーっとしてるからこんなことになるんだ。買い替えたばかりの最新機種のスマホ。本体も心配だし、ICも入ってるし、悪用されないか、大丈夫かな。ベンチにもなかったらどうしよう。不安で痛む足も忘れて走っていた。
――ベンチには誰かが座っていて、一人分のスペースを開けて私のエコバッグが見えた。ほっと胸を撫でおろす。肩を上下させながらそのエコバッグに手を伸ばすと、横にいた人がサッと私のバッグを手で押さえた。
驚いて顔を上げる。私はここで初めてその人が男性だってことに気が付いた。
「あの……」
怖くなって恐る恐る声をかける。
「これ、本当に君のバッグ? 」
「あ、はい。私のです。忘れちゃって今慌てて戻って……」
その人は、んー? と怪訝な顔で私を見つめた。探るような目を向けられては、返してもらえないと困るとあせってくる。
「本当です! 中には買ったばかりのスマホ、機種は○○で、雑貨屋さんで買ったフレンチブルのコンパクトミラーが入ってて。あ! ICも入ってます。名前は東谷晴美。ハルミトウヤ! って記載されてます! 」
その人は目を丸くした後、くすりと笑うと私のエコバッグを持って立ち上がり、私にバッグを手渡した。
「気をつけてね……高い機種だし。あと、見知らぬ男に個人情報漏らすのもどうかと思うよ。ふ、じゃあねはるみちゃん」
彼は去り際振り返って笑った。街頭で顔が照らされ、初めてその人の顔を見ることが出来た。
183
コメント
1件
うわあ…これは胸にくる回でしたね。冒頭の「私はもう30代」の独白から、同窓会の電話での眞鍋くんとのやり取り、そして最後の「二児のパパ」で一気に冷める流れ、リアルすぎて切なかったです。ベンチでスマホを忘れて戻った先の男性も気になる終わり方で、続きが気になります。