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「のどかっ!
この男は誰なんだっ」
上がった座敷で、貴弘が詰め寄ってくる。
いや、貴方には、このピコピコ動く猫耳が見えていないのですか……と思うのどかの側で、猫耳神主がいらぬことを言う。
「いやいや、のどかの夫よ。
私は別に、のどかをどうこうしようというつもりはない。
確かに同衾を所望したが」
なにっ? と貴弘が見る。
「いや、この家は隙間風がすごいので、お前の布団に入れてくれと言っただけなのだが。
のどかめ、絶対に嫌だと言うのだ」
当たり前だ、ちょこんと、猫耳があるだけで、どう見ても普通の人間の男ではないか。
ところが、泰親にそう言うと、
「耳だけではない。
実はシッポもある。
見せてやろう」
と言ってきた。
「そんなありがたそうに言われても駄目ですよ」
と言うと、
「では肉球を見せてやろう」
と言う。
「肉球もあるのですか?」
のどかは、ちょっと食いつき、手フェチの友人が喜びそうな白く繊細な長い指をした泰親の手を見たが、泰親は、
「いや、猫になればある」
と言ってきた。
「猫になれたんですか……。
じゃあ、猫になってください」
とのどかが言ったので、泰親は普段は猫になっているのだ。
今、目の前に居る人間の泰親が貴弘に、そう説明しながら愚痴る。
「のどかがそう言うから、私は、なんとかいう、のどかの好きな猫になってやったのに。
結局、上に乗られると重いからという理由で布団を追い出されたのだ」
その言葉に何故か貴弘が衝撃を受けている。
「いや、布団の上でも重いんですよ。
なにかこう、ぐっと布団を引っ張られるというか」
「だが、中に入ると、お前が夜中に蹴ってくるんだ!」
そこで、貴弘がキレた。
「のどかーっ」
ええっ? 私っ?
「お前という奴はっ。
何故、俺の上にも乗らないのに、泥棒の上に乗ってみたりっ。
猫を布団に入れてみたり、霊を上に乗せてみたりするんだっ」
泥棒はともかく、猫はいいと思うし。
霊に上に乗られるのは、大抵の場合、不可抗力では。
人はそれを金縛りというのではないだろうか……。
「いや、乗ってたのは、猫になった泰親さんですからね?」
と説明しながら、のどかは雑草図鑑を広げてみた。
「……なにをしている」
と貴弘に問われる。
「いや、気が落ち着く野草はないかと」
「だから、煎じてるヒマがあるのかと言ったろう」
と言う貴弘に、のどかは図鑑を見たまま言った。
「そういえば、昔、合宿で、山に生えてる草とか葉っぱとかでお茶を作ろうってあったんですよ。
摘んで、そのまま煮出すんですけど。
あれって、今思えば、結構危険じゃないですかね?」
有毒植物とかなかったのだろうか……。
そんなしょうもない話をしているうちに、合宿であった怪談の話になり、泰親が神主だった頃、霊が怖かったという話になり。
気がつけば、三人で、法事でもらったカリガネ茶を飲んでいた。
「あ、そういえば、カリガネ茶って茎茶の一種なんですけど。
確か、茎茶って、興奮を鎮める作用がありましたよね?
鎮まりました?」
とのどかは貴弘に訊いてみた。
カリガネ茶が効いたわけではないかもしれないが。
黙って、湯飲みに立っている茶柱を見つめていた貴弘は、すまなかった、と泰親に頭を下げた。
「神主の霊が、のどかに不埒なことをするわけもないのに、つい、カッとなって。
ちょっと気になる女の側に、こんな綺麗な顔の男が常に居るのかと思うと、落ち着かない気持ちになったんだ」
……私、ちょっと気になる女なんですね。
妻なのに、ちょっと気になる程度っていうのはどうだろう、とも思うが。
まあ……嬉しい気はする、と思い、のどかは貴弘を見上げた。
「霊でも、色情霊とか居るんだがな」
と泰親が余計なことを言って、せっかくまとまりかけた話題をひっくり返しかけたが。
貴弘の中ではもうそれは終わった話だったようで。
貴弘は、いきなり、泰親に頭を下げて言ってきた。
「もう猫でも、猫耳でも、色情霊でもいいから」
いや、色情霊はよくないですよね……、と思うのどかの前で、貴弘が泰親に頼む。
「どうか、のどかの雑草カフェに反対してもらえないだろうか」
それにしても、この人、するっと霊とか、霊が猫になるとか信じているが。
実は、やはり、ピュアなのだろうか、と思うのどかの側で、猫耳神主が貴弘に問う。
「ほう、何故だ」
だが、貴弘はなにも答えず、沈黙している。
「さては、お前、のどかが自立するのが嫌なんだな?」
と泰親は言い出した。
「カフェが大成功して、大儲けして、お前と結婚していなくてもよくなり。
大きな店舗に変わります、とか言って、此処も出てくかもしれないしな」
……この人、私より楽観的だな、とのどかは思う。
古民家雑草カフェで大成功とか、そんな日は永遠に来ない気がするんだが、とのどかは、あばら屋敷の天井を見上げる。
「だがまあ、のどかが雑草カフェとやらをやるのなら、とりあえず、しばらくの間は此処に居るだろう。
その間に、お前が、のどかを振り向かせればよいだけの話ではないか」
頭を下げたときのまま、下を見ていた貴弘がこちらを見て言った。
「俺は……、お前が好きなんだろうか」
私に訊かないでください……。
「確かに、お前と出会ってから、仕事の合間にもお前のことが気になって仕方がないんだ」
その言葉につい、どきりとしたが。
「なんだかわからないイケメンがまた降ってきてそうだし。
庭先で怪しい草とか摘んで食べてそうだし。
食べるとオスが100回交尾するとかいうイカリソウとか」
……調べたのですか。
そのとき、
「うわっ、此処は何処だっ?」
といきなり呪いの部屋の方から声がした。
「なんだ、この大量のカリカリはっ」
……気のせいだろうか。
この声、聞き覚えがあるような、と思いながら、のどかたちは呪いの部屋の戸を開けた。
押入れから、少し明るめのグレーのスーツを着たイケメンが這い出てくるところだった。
そのクールそうなイケメンを見て、のどかは叫ぶ。
「中原さんじゃないですかっ」
「胡桃沢かっ?
何処なんだっ、此処はっ」
と中原が部屋の中を見回し、叫ぶ。
貴弘のようにピュアでなく、八神のように適当ではないらしい中原は、この状況になかなかついて来れないらしく、
「何故?
此処にっ?
どうしてっ?
俺は夜道を歩いていたはずなのにっ」
と中原はいつまでも叫んでいる。