テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ヒョヌは目を覚ました。
「起きたか?」ジホが言う。
ジホの指が顎を撫でる感触が、
ヒョヌには息苦しかった。
(やばい……)
頭の奥で警報が鳴る。
ヒョヌは、そっと目を逸らしながら
ジホの手を振り払おうとする。
「……もういいだろ。」
声がかすれて出た。
ジホは小さく笑っただけで、
手を離した。
「ああ、そうだな。」
その声が、逆に背筋を冷やす。
(今なら――)
ヒョヌは心の中で息を吐き、
ジホの目を盗んで、
路地裏の出口を一瞬で探した。
煙草の灰皿、ビールケース、店の裏口――
どこでもいい、ここを出る。
「……じゃあな。」
低く言って、
ヒョヌはジホの横をすり抜けようとする。
けれど――
肩を掴まれた。
「ヒョヌ。」
ジホの声が、耳元で笑った。
「どこ行くの?」
熱のない声が、
夜気の奥で張り付いていた。
ヒョヌの背中に、
じっとりと汗が滲んだ。
ヒョヌは肩を掴まれたまま、
振り向けずに息を止めた。
ジホの指が、ヒョヌの首筋をすべる。
「……逃げるのか?」
その声は、笑っているのに
どこか冷たい。
「お前、借金払ってほしいんだろ?
二億ウォン――すぐ消える額じゃねぇぞ。」
ヒョヌの喉がひくりと鳴った。
ジホはヒョヌの耳元に唇を寄せて、
小さく息を吐いた。
「……代わりにさ。」
低く、湿った声で続ける。
「お前の全部――俺にくれよ。」
じわりと指が首筋を締める。
「身体も、頭も、嘘も秘密も、
ぜんぶ俺に渡せ。」
ヒョヌの視界がかすかに滲んだ。
「……それが嫌なら――
ここでひとりで死んどけ。」
ジホの声は、夜の奥で笑っていた。
た。
「……やめろ。」
声はかすれて震えていた。
ジホの手を掴もうとしても、
力は入らない。
「……そんなの……俺が……。」
何を言いたかったのか、
自分でも分からなくなった。
ジホは指をゆるめ、
ヒョヌの顎を上向かせると、
その目を覗き込む。
「……お前、ほんと可愛いな。」
乾いた笑い声が、ヒョヌの耳を刺した。
「抵抗してみろよ。いいぜ?
逃げたいなら逃げてみろ。」
ジホは囁くように笑い、
ヒョヌの髪をそっと撫でた。
「でもな――ヒョヌ。
逃げても、どうせ捕まえてやるから。」
頭の奥で、
ヒョヌの呼吸が途切れた。
ジホの指がヒョヌの首筋から離れた瞬間、
ヒョヌは小さく息を吐いた。
けれど解放感は一瞬で、
次の瞬間にはジホの手が
ヒョヌの手首を掴んでいた。
「……どこ、行くんだよ……。」
弱く言った声に、
ジホは振り返りもせず笑うだけだ。
「お前の新しい部屋だよ。」
路地裏を抜けると、
ネオンの残響とアルコールの匂いが
ヒョヌの足を絡めとる。
ジホは手首を引いたまま、
通りに停めてあった黒い車の後部座席を開けた。
「乗れ。」
ヒョヌは抵抗する力を残していなかった。
ジホの目が、
ほんの一瞬だけ優しく笑ったように見えた。
「心配すんなって。
これから面白くなるからさ。」
ヒョヌの背を押し込むようにして、
ジホは後部座席のドアを閉める。
車が夜の歌舞伎町を滑り出すと、
ネオンの残光が遠ざかっていった。