コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「じぃじ。じぃじー!」
ひしと祖父に抱きつく葉月の姿に、つい、昨日万穂に抱きついたあの姿を重ねてしまう。
12月23日。世間がクリスマス一色に染まるその日。
聡美たちの姿は百瀬の自宅マンションにあった。孫を抱きあげた百瀬幸助が、「いらっしゃい。聡美さん、いつもありがとう。すまないね」
「いえとんでもない」邪気のない義父の笑みを見て聡美は悟る。……どうやら、息子の元妻が爆弾発言をし、息子夫婦を苦悩の只中に追いやっている事実を知らないであろうことを。「あたし、なにひとつ嫁らしいことは出来ていませんので、せめて、そのくらいは……」
「晴生は幸せ者だね。こんな素敵な奥さんに恵まれて……」
いまのふたりにその発言は地雷なのだが。彼はそれを知らない。だがその身にまとわりつく気まずさを振り払うように聡美は美凪の頭を撫で、「なぎちゃんのじぃじだよ」と改めて紹介する。一度顔合わせをしたことはあれど。よく知らない年配の男性にいきなり『じぃじ』と抱きつくのはハードルが高い。
何事も、すこしずつ、すこしずつ。
「さぁさ、あがってあがって。外は、寒かったでしょう」
「父さん、ケーキ買ってきたから、冷蔵庫入れておくよ」
「ああサンキュ」
手を繋いで廊下を進む、葉月と幸助のシルエット。
なんの狂いもなく、ただ幸せそのものであって。
「……ママ」振り返ると、美凪はまだ靴を脱いでいなかった。思いのほか真剣な顔で、「ちなみに、『じぃじ』は、はるちんのパパ? それともママのパパ?」
「えっとね」聡美はしゃがみ込み、目線の高さを娘と合わせる。「整理すると……。石川のじぃじがママのパパ。さっきのじぃじははるちんのパパ。これで分かったかな?」
「うん……分かった」
新しい環境に飛び込むのは誰しも不安だ。
目に見えるその不安をひとつひとつ、取り除いてやりたい。
聡美は、娘の前髪をかき分け、やわらかく笑うと、音を立ててキスを落とす。「大丈夫。すぐ仲良くなれるよ」
「『ねえおばあさん。どうしておくちがおおきいの』……の。『ね』ー!」
はーい、と勢いよく『ね』と書かれた札を取る美凪。お姉ちゃんの勝利だ。……ん。んー! と葉月が手をばたばたさせ、怒りを露わにする。
一歳の差というのは、大人が思うよりも、大きい。
美凪が順調に手札を重ねる一方で、葉月は数枚程度しか取れずにいる。そろそろ我慢の限界か。
ここで聡美は声をかける。「なぎちゃんばかりかるた取ってるから、はーちゃん悲しいみたいだよ。どうする?」
「んー……」頬を膨らます娘がどう出るのか。聡美は自分から答えを提示せずなるべく本人に考えさせる。「じゃあ、なぎちゃんかるた読む……」
「そうね」娘に読み札を手渡す聡美。ふと後ろを見やればキッチンで百瀬が料理の仕込みをしている。重い空気を和らげてくれる彼の頑張りがこころからありがたい。
いくら上手に読めるといっても大人ほど流麗に読めるわけではない。読み手に回ることで美凪の反応は遅れ、やがて、葉月の手札が増えていく。
「やったーなぎちゃん勝ったぁー」試合終了後、手札を数えてみると当然葉月のほうが勝った。負けず嫌いの美凪がどうなるのかと待てば、はーちゃんよかったねー、と葉月の頭を撫でている。
――大人になったな。
聡美は娘の成長に目を細める。どうしても、譲れない場面がある。人間誰しも。ここだけは絶対に守りたいという矜持を育て抜くことが即ち成長なのである。そこまで思い至ったときに、彼女の気持ちは固まった。やはり、……
「サンタクロースイズカーミング。トゥーターウン!」
子どもたちが元気に歌い上げる。クリスマスの歌を。テーブルは、百瀬の手料理でいっぱいだ。買ってきたクリスマスチキン。コーンスープ。クリスマスツリーを模したポテトサラダ。ホタテと野菜のマリネ。
シャンパンで大人たちは乾杯する。子どもたちは子ども用の割れないカップで。「メリークリスマス!」
ぱん。ぱん。とクラッカーを鳴らす。もちろん子どもたちには向けずに。すると皆が拍手をする。やったー、おめでとうー、と。
百瀬たちが作り上げてくれる世界に、聡美は酔いしれていた。去年までのクリスマスは……そうだ、冬だから実家に帰れず。美凪と二人きりで……寂しいと言ってはあの子に失礼だけれど。でも料理の苦手なあたしはここまでの手料理を振る舞えなかった……いつも通りお味噌汁とにんじんの巻き巻きとのりたまをかけたご飯を食べさせた。
料理にありつく子どもたちに聡美は笑いかける。「パパの作ってくれたご飯、美味しい?」
おいしー、と子どもたちが喜色満面で叫ぶ。「パパ! いつも美味しいご飯作ってくれて、ありがとう!」
見れば百瀬が俯き目許を拭っている。その姿に聡美はあたたかい気持ちになった。幸助もやさしいまなざしで見守っている。――幸せとは。
誰かが勝手に運んできてくれるものではなく。自分で掴み取るものなのだ。
天啓のごとく、その思想が聡美の脳へと舞い降りた。……
いいや、と思えた。仮に、葉月が、聡美をママと呼んでくれなくとも、それはそれでいい。大事なのはあの子の意志だ。生まれて半年足らずで見捨てられ。再会した瞬間、その女をママと認識した――無論、鈴村万穂を、『非道な女』の一言で切り捨てることも可能なのだが――葉月のこころに育ったママへの情愛、それは大切にして欲しいと聡美は思った。
さとちゃんはさとちゃんでいい。さとちゃんにしか出来ないことを、これからもしていこう。
大好きなひとたちの放つあたたかな空気に守られ、いつの間にか聡美は安穏なる結論を見出していた。
「じゃあ、はーちゃんとなぎちゃんは、誰とお風呂に入るー?」
食後もかるたで遊ぶ子どもたちに聡美が呼びかければ、じぃじ! じぃじ! と子どもたちが叫ぶ。キッチンで洗い物をする百瀬がにこやかに見守っている。
「じゃあ、……お願い出来ますか」
「勿論だよ」
目を細める義父に、「あっそうだっ」急いで美凪と葉月の下着やパジャマを取りに行こう、そう思ったときだった。
――待って。ママ!
聞き違いかと思った。雷に打たれるような衝撃だった。ゆっくり――声の主が誰なのかを震えながら聡美は確かめる。
まんまるい瞳で、葉月が聡美のことを見ていた。
「はーちゃんの、……ママなんだよね、さとちゃんは……」
つぷり。見開かれた目から涙がこぼれる。
たまらず聡美は葉月に抱きついていた。「『ママ』だよ。……でも。『はーちゃんのママ』も『ママ』なんだから、無理しなくっていいの……」
「だってさとちゃん」わー、と葉月が泣く。「さとちゃん、……はーちゃんのためにいっぱいがんばってくれてるのに、はーちゃんが、はーちゃんが……」
「はーちゃん」見れば。よしよしと美凪が葉月の髪を撫でている。なにを言うのだろうとやや緊張して聡美が待てば、
「はーちゃんには『ママ』がふたりもいるんだね。
それって、すっごい、すてきなことだとおもうよ……」
しゃくりあげる葉月。彼女は彼女なりにいろいろと考えているのだろう。気を遣ってもいるのだろう。懸命に世話を焼いてくれる聡美に対し。
「あのね。泣きたいときはいっぱい泣いていいんだよ。はーちゃん……」
落ち着いたお姉さんの顔を見せる美凪が、どこか遠い国のお姫様に見えた。
「葉月は葉月なりにいろいろ考えてんだな」
寝返りを打つ百瀬が、眠る葉月の髪に触れた。「割りかし、……うちにため込みがちなタイプだからさぁ。親として定期的に吐き出させてやらないと駄目だろうなぁって……そう思うよ」
百瀬の実家の客間にて。眠る子どもたちふたりを挟んで会話を持つふたりである。「そうね……はーちゃんがあんなに思いつめていたなんて、気づきもしなかったわ……」
駄目だなぁ。
うーっ、と聡美が顔を覆うと、
「――そっちに行っていい?」
「駄目」聡美はすぐさまリプライ。「いま、……晴生さんに甘えちゃうと、あたし、駄目になっちゃう……」
「――淫乱になるってのはどう?」
足音を立てず。迫る百瀬の目が野性的に光る。傍に来て膝をつく百瀬は、迷いもなく聡美の唇を封じる。強く胸を揉みしだきながら。
「やっ……あっ、晴生さん……」パジャマの下に滑り込む彼の指先に感じながら聡美は、「駄目……ここどこだと思ってるの。向こうの部屋にお義父さんも居るのよ?」
すると喉を鳴らして百瀬が笑う。「じゃあ、声――我慢出来る?」
聡美の衣類を下着を脱がすと、百瀬は聡美を四つん這いにさせた。彼自身も素っ裸になると、突き出した聡美の尻に舌を這わせながら、熟した聡美の乳首を指先でこねくり回す。子どもたちのために暖房を消した室内。寒さと、互いの息遣い、やがて聡美の淫らな声が空間を支配する。
「や――あっ」必死で聡美はその辺にあったタオルを自分の口に突っ込んだ。「――ん。ん。んん……ぅ!」
「えっちだねさとちゃん……」歌うように百瀬は聡美の在処を探る。的確に彼女を導きながら、「ほら……おっぱい、びんびんになってんよ」
ちょっと舐めさせて。
と言うと、百瀬は聡美のからだを反転させ、自分は彼女のからだに伸し掛かると、そっと聡美の乳房を手で挟んで高く持ち上げ、その頂点を舌で指で刺激する。
「感じやすいのな……さとちゃん。いつもと違うシチュに興奮してる?」
頭のうえでは子どもたちが眠っている。涙を流しながらも聡美は、百瀬の愛を受け止める。
その夜の百瀬は執拗だった。昨晩、葉月の件もあり、抱きしめ合うだけで眠った、その鬱憤を晴らすような激しさだった。
四足動物のように尻を突き上げる聡美に、叩きつけられる百瀬のペニス。彼の愛欲を受け止めるたびに、聡美のなかで細胞が歓喜する。
聡美はタオルを外し、「……なかに、出して」
この状況ではそうするほかあるまい。情交の痕跡など残してはならないのだ。
視界が、スパークする。すべてのいろと音が一瞬消え去り、その直後、圧倒的な速度で世界が迫ってくる。
最奥に叩きつけられた精液を、聡美の子宮が喜んで飲み込んでいく。
――ああ。
びくびくとおおきくからだをしならせ、聡美は、百瀬と一体となりながら、赤ちゃん欲しいなと、……そんなことを考えていた。
「あのねあのね。はーちゃん、ずっと考えてたんだけど……」
幸助の宅から離れ自宅マンションへと向かう電車内にて。いつもなら美凪と外の景色を楽しむ場面だが、思うところがあるらしい。遠慮がちに葉月は切り出した。
「なぁに?」落ち着いた百瀬の声音。聡美は黙っていた。やはり――ずっと一緒に過ごしてきたパパが仕切るほうが、効果的なようだ。
すると葉月はすぅと息を吸い、
「あのね。なぎちゃんが、……きのう。『はーちゃんにはふたりママがいるんだね。すてきだね』……ていってくれたよね。それでね。
なぎちゃん……ずっとずっと考えてたんだけど。
『ママ』は……好きなんだけど。『ママ』も『パパ』も『じぃじ』もみぃんな大好きなんだけど。……でも。
いまは。なぎちゃんとママとパパといっしょで楽しいって、思ってるから……。
だからだから。
離れたくない。って、そう思っていて……」
「……葉月」屈んだ百瀬がきゅう、と愛娘を抱きしめた。「大丈夫だよ。パパとママとなぎちゃんは、はーちゃんとずぅっと一緒なんだよ……安心してね」
静かに涙を流し聡美は悟る。……この子のなかで結論が出たということを。
無駄では、なかった。
実の子ではないだけに。我が子同様に甘やかすべきものなのか、叱ってもいいものか、思い悩んだ夜もあった。
でも。
正しいなんて言いきれない。なにが正義なのかも。でも……。
この子のためにちゃんと母親として接してきた、その努力が報われた瞬間。聡美のなかで、百瀬に対する愛が――美凪や葉月に対する愛が、より一層の深みを伴い、広がっていく。
その美しさに聡美は目を見張る。……やがて、電車は彼らのホームへとたどり着く。
四人、手を繋いで自宅へと向かう。聡美と百瀬はキャリーケースをからころ鳴らしながら。
どこからか焼き芋の匂いが漂う。あ、あれおいしそー、と子どもたちが騒ぐ。
駄目よ駄目ご飯前なのに、と言うのに結局晴生さんは買っちゃうし。で夜ご飯が結局あんまり入んないし。
夜は夜で、子どもたちが寝たあとは、よりによって姫抱きでお風呂で運んで背後からあんあん喘がせて。……まったく。ひどいひと。
「すごい、……響くね、さとちゃんの声……」ゆったりとした腰使いでねっとり、聡美の秘所を探る百瀬。「ああ……すっごい、絡みついてくる……さとちゃんが」
気持ちいい?
と訊かれ、聡美は涙を流し、喘ぐ。「もう、……たまらない」
好きなの。
と言葉を止め、聡美は、「もう、……あたしのなかぜんぶ、晴生さんでいっぱい……ああっ」
最奥をペニスでぐりぐりと刺激され、聡美の脳内はスパークする。立て続けに何度もいかされ、もうわけが分からない。前が――見えない。
何度も吐き出された精液が注ぎ込まれているのかかきだされているのか、どちらなのか聡美には分からない。股の間から膝頭へと、白濁した液体が伝う。
つぅ、と、その濡れを手でなぞると、百瀬は聡美の乳房に塗りたくる。「さとちゃんのなか、……ぼくのスペルマでいっぱいだ。いっぱい飲み込んで……」
えっちな子だね?
耳元で囁かれ、一瞬、聡美の意識は飛んだ。だが直後、耳たぶを唇で挟まれており、享楽が聡美の元へと帰ってくる。
「ああ……ここ」分かる? と片手で聡美の腰を支える百瀬がとんとん聡美の子宮の辺りを手で叩き、「ここが、さとちゃんの、いっぱい感じるところ……いっぱい感じて、わけわかんなくなっちゃうとこ……」
――気持ちいいね?
温和な声音。やさしいセックス。波のように揺られながら、今宵も、聡美は、百瀬の手腕に乱されていく。我を見失うはずなのに、不思議とこころは彼の元へと帰ってくる。男と女の摂理であった。
*