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「こらーっ」男児がふたりも居るとおちおち洗濯もしていられない。「洗濯物で遊ばないの! てか手伝いなさい!」

鬼の形相のママにも動じず、シーツを広げてきゃっきゃきゃっきゃと遊んでいる。

……まったく。と糸部三津子は肩をすくめる。

「ほーら。ママ手伝うよ」助け舟を出す夫。年下のお坊っちゃんだと思い込んでいたが、結婚してみるとなかなかどうして、しっかりしている。「ママ一生懸命やってんだから邪魔しないの。さ。一緒に頑張ろう……」

「はーい」

「分かりまちた」

子どもたちの頭を順番に撫でて、三津子はかかかと笑う。「かーくん。そうちゃん。どっちが早く終わらせるのか競争だぜぇ?」

「あっちでこれ洗いなおしてくるから」泥のついたシーツを拾うと夫は三津子にそう告げる。順番に息子たちにハグをしながら三津子は、「ありがと。分かった」


「――そう。分かったわ」

鈴村万穂は静かに電話を切る。どうだった? と気づかわしげに夫が問いかけてくると、駄目だった、と彼女は首を振る。――あの子は、あの子なりに。

「ちゃーんと考えてんのね。新しいママのことを、なっかなかママと呼ばなかったみたいだけど……呼べなかったみたいだけど。

もうすっかり、ママっ子よ」

さびし。

と微笑んでみると、あー、まー、と愛息が手を挙げる。

やがて万穂は背後から夫に抱きすくめられる。――きみには。

「ぼくと陸(りく)が居るじゃないか……。

幸せだよ。ぼくたちは」

そうね、と彼女はぬくもりとやさしさに浸りながら頷いた。


「そっかぁ。幸せなんだね。良かった良かった……」電話口で頷く士川澄子。「さとちゃんがそうなら、これ以上の幸せはないよ。……ね。良かったら、今度うちに遊びに来ない? 日曜日の昼間ならさあ、空いてるから……。

――あの馬鹿のこと?

さーね。連絡のひとつもよこさないから、どっかで元気にしてんじゃないのぉ?」


「はぁーっ!? なに言ってんだてめーっ」スマホを耳に当て士川厚彦は怒鳴った。「どっからどう見てもそいつ、おれの息子じゃねえじゃねえか! くそが! ゲジゲジの眉毛なんかあいつそっくりだぜ!

てか何度も言ってんだろ! おれの血液型がOでおまえがB! そっからA型の息子が産まれるわけねーだろ!」

ところが法は厚彦を守ってくれない。厚彦の元妻は厚彦ではない男と婚姻し、婚姻中に出生した実子として出生届を出し、養育しており、実の子どもかどうかを調べる嫡出否認の訴訟の提訴期間を過ぎている。なおDNA鑑定についても、子どもの実親が拒否すれば『出来ない』。

「んだよ。くそが。くそがー!」

夏空に怒号を飛ばそうがなにも返ってこない。厚彦はふと思う。これなら、あの女と一緒に居たほうがマシだった。文句も言わずなんでもやってくれた。実家に転がり込んでも母親が孫をよこせだの結婚しろだのうるさく、結局居心地の悪いそこを出て、一人蒸し暑いアパートで暮らす悶々とした日々。

トイレでスマホゲームをしているのが発覚し、会社は首。ゲーム狂いの彼を雇ってくれる会社などどこにもなく、転職エージェントにすら渋い顔をされる次第。

日雇いの仕事で生活を繋ぐも、課金のしすぎで金は湯水のように消えていく。月十万円の養育費が痛い。しかも、二番目の子どもは血が繋がっていないと来た。

「くそが。くそがーっ」

絶叫する厚彦に周囲が怪訝な目を向ける。いつしか厚彦は、周りの目を気に留めない男と化していた。養育費を払っているにも関わらず、脳のなかから子どもたちが消え去っていた。赤子のままで彼の記憶は止まっている。

「ちょっと、……いいですか」

警官から職務質問をされるのも日常茶飯事となった。激昂し、唾を吐き、彼はその場から逃げ出す。――が。

彼の居場所などどこにもなかった。


「……なんか聞こえた気がした」

2019年6月某日。自宅マンションにて、聡美は、顔を起こす。「……気のせいかしら。なにか聞こえなかった?」

「ううん」

「ぜんぜーん」

すると百瀬が、「……赤ちゃんの声じゃない?」

「そうかも。……そうかも!」

マタニティ服に身を包み、ゆったりとソファに座り、お腹をさする聡美は、笑みを覗かせる。「赤ちゃんの声が聞こえるなんて、なんて素敵なことかしら……」

楽しみだねー、と子どもたち。「生まれたらねー。お手紙書いて、いっぱいおリボンつけるんだー」

性別は分かっている。だが聡美は、それを口にせず、「……女の子かなんてまだ分からないじゃないの」

「ママ! 知らないのー?」

ずい、と顔を寄せる葉月に聡美は、「なぁーにー?」

「サンリオだんし! いまって、男の子でもかわいくするのがふつうなんだよー!」

「そっかそっか……」と葉月に応える百瀬は、「さとちゃん、からだ大丈夫? しんどかったら向こうで休んでいていいんだよ?」

妻を気遣う百瀬の台詞に聡美は微苦笑をする。「そんなこと言って。あなた、夜は別人なんだから……」

「なんのはなし?」

「パパは夜は激しいって話」

「こらこら」聡美は百瀬を肘で小突く。「そんなこと言って、保育園に知れ渡ったらどうするの。――百瀬さんのとこのパパ、妊婦さんに激しいんだってぇー、なんて」

「望むところさ」ふふん、と百瀬はかるくあしらう。「男と女が真剣に愛し合っているんだ。なにが悪い」

「……三十代既婚者の六割が『レス』な時代なんですけど……」子どもたちにふさわしくないトークだと知りつつも、聡美の弁は止まらない。「さてさて。世の中が、男性中心の行為にまみれているのは皆さんご存知の通りですが、この二十一世紀。超高齢化超少子化の進む社会において、いよいよ女性中心のセックスが普及するどころか、若者のあいだで『レス』が進んでいるというではありませんか! さーこの緊急事態に政府はどう動くのか……」

「ママちょっと向こうで休もうか」ぽかん、とする子どもたちを置いて百瀬は聡美を寝室へと運んでいく。聡美を横たえると、後ろ手でドアを閉め、こう言い放つ。

「ぼくがこう動くのは厳然たる事実だよ」

やがて彼女の衣類に手をかけると、彼女の欲しくてたまらない言葉を耳元にくれる。


――


「あたしも」


更に欲しくてたまらない官能の波に聡美が溺れるのはその数瞬後のことであった。


―完―


参考文献:

飯野たから・神木正裕(1998)『実戦 離婚マニュアル・男性版』自由国民社

工藤啓(2011)『NPOで働く』東洋経済新報社

工藤啓(2012)『大卒だって無職になる』エンターブレイン

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